見出し画像

生きるきっかけと死ぬきっかけ

──くだらない、取るにたらないモノが人を救いもするし、殺しもする。──

そんな話を私たちは、残暑が厳しいマンションのベランダでダラダラと汗をかいた三ツ矢サイダー缶片手に喋ってる。


誰しもが死にたいと思ったことがあるんじゃない?
死にたいと思って実行するのはよろしくないなんて、死にたいと思った本人ももちろんわかってるんだよ。当たり前だよ。だってみんな耳にタコができるほど言うじゃない。

彼女はそう気怠げに言うとサイダーで喉を潤しつつ、わたしの顔を見ながら続けた。

でもね、死にたいなって思って、死のうかなって思うとき、ダメだとわかってて、でも手っ取り早いと思っちゃうんだ。
なにが手っ取り早いって?
…いやなんだろう…わかんないけど手っ取り早いと思っちゃったんだよね。
その時は目の前の霧が晴れたような、最高の方法を思いついた気がしたんだ。

いやまぁ、第三者から見たら最低の中でも本当最低の方法なんだけど。

笑いながらそう言い終わると、サイダーを勢い良く飲み干してその空き缶を台所のシンクに持っていった。そして冷蔵庫からもう1缶新しいサイダーを持ってこようとしてた。それを見た私は緩くなりかけた手元のサイダーを一気飲みすると彼女に私の分も持ってきてもらうよう頼んだ。彼女は笑いながら冷蔵庫を開けて、新しいサイダーを手に取りこちらに戻ってきた。

おまたせ。コレ、新しいやつね!
話の途中だったな…えーっと…そうそう!!
その、戻れる人間は─自殺しないって意味ね、もちろん─そっから流れるように、『死』に向かう途中で何かに引っかかって我に帰ることができた人なんだ。
わかんないけど、思い留まれるんだよ。 私の場合はそれがカレンダーに書かれてた未来の予定だったけど。
なんの予定だったかだって?
あーっと、なんだったかな…確か…そうだ!アレだ!ゴミ捨ての日だったんだ。燃えるゴミの。
…いやね、恥ずかしい話、その頃は私の部屋ってさ、荒れ放題でゴミすらまともに出せてなくて。でも少し綺麗にしたいなって考えて、なんとなく次のゴミの日をカレンダーに書いたんだ。
死のうかなって思ったとき、たまたまそのカレンダーが目について、我に帰ったんだ。
『今死んだら、この汚い部屋をみんなにみられる。』ってね。
そしたら死ぬなら綺麗にしてからじゃなきゃヤダな、まだ死ねないな…って思ってさ、掃除を始めたよ。そしたら掃除が終わる頃にはもう死にたい気持ちは無くなってた。なにより疲れたから寝たかったな。

くだらないでしょ?
そんなもんなんだよ。戻れるキッカケなんて。
そして逆もまた然り。

じゃあどうすればいいんだ、だって?…落ち着きなよ。そんな怒らないでよ。
いろんな出来事のトリガーなんてそこらにたくさん落ちてるってことさ。

だからキミはいつも通り生きていけばいいんだよ。

でも、できるならちょっとだけでいいから今より優しさ、あるいは寛容の心を持って過ごしてくれたらもっといいんじゃないかな。つまり、他人にちょっとだけ優しくなればいいんだよ。

例えば…コンビニで弁当を買った時に箸じゃなくてフォークとかでも穏やかに店員さんに、「お箸をください」って言う…とか?
例えが悪いかな…?うまく言えないな…?

私は自分で『戻れた』けど、他の人は何気ない会話で救われたり、逆に覚悟を決めちゃったりする。
…いつもね、それがわかるのは後になってからなんだ。

なんでこんな話をしたかって??
わかってるくせに野暮だな…君のためだよ。
いや、私自身のためかもしれないな。私はまだ君の葬式に出たくはないんだよ。

夜空を見上げて苦笑いの君は言った。それをぼんやりと見つめる私のサイダー缶から結露が数滴落ちていった。わたしは何も言えなかった。


「なんでキミが泣くんだよ。そこは笑ってありがとうでしょうが」
そう彼女が言った。

わたしはいつの間にか泣いていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?