講師への道 第3章 1対多数のファシリテーションスキル③多様性のマネジメント
そもそもファシリテーションとは
ファシリテーションの本来的な意味は「物事を容易にすること」です。ビジネスの文脈で具体的に定義すると「複数の人間が知恵や知見を持ち寄って、問題解決やイノベーションを成し遂げるための働きかけ」となるでしょうか。
このような「化学反応」を促進する人をファシリテーターと言います。ビジネスの現場においては、会議やミーティングの司会進行役と捉えることが多いのですが、本来的な意味に照らすと、それ以上の役割を担うべき存在です。で、研修講師は本来の意味での「ファシリテーター」であるべきと、私は考えます。
化学反応を促進するために多様性をマネジメントする
化学反応を促進するためには、異なる意見が健全にぶつかり合って、融合したり、第三の意見に発展する必要があります。そのために講師が配慮すべき前提条件や、果たすべき働きを整理すると以下3点になります。
そもそも異なる意見を持つ人を集め、グルーピングする
意見が活発に交わされる土壌「心理的安全性」を担保する
意見の衝突や融合、内発的な気づきを「煽る」
1. そもそも異なる意見を持つ人を集め、グルーピングする
同質性の高い受講者同士だと、いくら活発に議論ができたとしても、新規性の高い化学反応は期待できません。講師がコントロールできない領域かもしれませんが、少なくとも研修事務局側にはできるだけ多様な人材を受講者として集めることを働きかけましょう。
研修やワークショップにおける議論はグループ単位で行われることが一般的です。なので、グループ編成においては受講者の属性ができるだけバラつくようにしたいものです。受講者属性をよく知る事務局にグループ編成を依頼してもいいですし、受講者名簿が入手できるならば、講師自らグループ編成してもいいと思います。
グループの多様性をマネジメントする意味で、研修途上でグループ編成を変えていくのは有効な手です。一旦、グループが編成されると、肩書や性格、声の大きさなどによって、どうしてもグループ内での立ち位置が固定されがちです。そうした均衡をあえて破る意味でも、討議テーマやワーク内容を鑑みて、積極的にグループ編成を変えていきましょう。
2. 意見が活発に交わされる土壌「心理的安全性」を担保する
せっかく多様性のあるメンバーでグループ編成できたとしても、そもそも活発な意見交換がなされなければ「化学反応」は起きません。遠慮や恐れ、忖度で自由な意見交換が阻害されないような、場づくりが重要です。いわゆる「心理的安全性」の担保ですね。
研修やワークショップで心理的安全性を阻害する二大要素の一つが、いわゆる「声の大きい」受講者です。実際の声の大きさはともかく、いつも自然と議論の中心になる人のことです。
主張が強い人や負けず嫌いな人、議論好きな人、良くも悪くも発言に重みがある人、リーダーシップがある人がそうなりがちです。多様性を尊重する人ならまだ良いのですが、議論そのものに否定的だと厄介です。ネガティブな雰囲気でグループを支配してしまいます。
他の受講者の気づきや学びの妨げになっているならば、本人の機嫌を損ねないようにやんわりいさめたり、それでも収まらなければ事務局に相談するか、最後の手段として「声の大きい者チーム」を編成してバトルロワイヤル?していただきます。
心理的安全性のもう一つの阻害要因は、研修事務局を含めたオブザーバーの存在です。人事部の皆さんがクラスの後方に控えていると、どれだけ健全な内容であっても会社批判は憚られるし、「ここは優等生的な回答を述べておくのが無難」と思う気持ちもよくわかります。
人事部だけでなく受講者の上司や役員の同席も同様です。ご本人に悪気はなく、むしろ「部下の研修内容を把握しておきたい」「どのような意見が交わされているのか、普段のマネジメントの参考にしたい」と、前向きな動機でのオブザーブ参加も少なくないのですが、受講者にとっては少なからずプレッシャーになります。
まあ、ご遠慮いただくのが良いのでしょうなあ(笑)。私自身が講師登壇した経験を振り返っても、「このセッションだけは退室してください」と、お願いしたこともあります。意図が伝われば、すんなりご理解いただけることも多いです。
3. 意見の衝突や融合、内発的な気づきを「煽る」
グループ討議やクラス討議が活性化していなければ、講師は討議に介入する必要があります。ここでの介入の仕方は、化学反応を「煽る」ことになります。
具体的には、ある意見に別の意見をぶつけてみます。反対意見を述べにくい雰囲気ならば、その人の立場から思うことを率直に言ってもらうのが突破口になることもあります。
例えば「Aさんの意見についてBさんの立場ではどう思われますか?」という具合に。こうすれば、「あくまで立場から反対意見を述べているのであって、個人的に他者の意見を否定しているのではない」というニュアンスが滲み出るため、発言しやすくなります。
あるいは、意見の違いを認めたうえで、第三の意見に発展させましょう。その際、やはりあえて立場の異なる受講者を指名した方がよさそうです。
例えば「Cさんに伺います。Aさんの意見とBさんの意見を融合すると、どうなりますか?」という具合に。Cさんの意図が入ることをCさん自身が嫌がるならば、あくまで頭の体操として行っていただいてもよいと思います。とにかく、発言のハードルをどんどん下げていきます。
内発的な気づきを促すのであれば、あえて観点や視点(時間軸や空間軸)をずらしたり、一部の論点にフォーカスを当てたり、あらためて定義を問う、常識を疑う、などのアプローチも効果的です。