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そよ風が運んだ短編をどうぞ「議題の車」

ダイニングをくぐり抜け、寝室までそよ風が一本の筋のようになって通り抜ける。この風の通り道を感じた瞬間に、僕はこの部屋に住むことを決めて正解だと思った。

「ok、google。ジャズ流して。」

名前の知らない演奏家が奏でるジャズが部屋を覆った。匿名のミュージシャンによる演奏がぎこちなく部屋に鳴り響く。google homeの画面を覗くと、「精神の目覚めの力」というタイトルが、発売前のジャケットが決まってない予告ポスターのような立て付けで、申し訳なさげにデザインされている。絶妙にダサいジャケットからは、絶妙に雰囲気の的を得た、それっぽい音楽が流れてくる。AIスピーカーに音楽的素養を求めていけないことぐらい僕だってわかる。今日は匿名のジャズで許してあげよう。だって、こんなに気持ちのいいそよ風があるんだから。

仕事を終えて、晩酌をしている自分にはこの風の通り道なんて知る由もない。素面じゃないと歌詞が書けないのとどこかのミュージシャンが言っていたが全くその通りだ。素面じゃないと風の通り道なんて、見つけられない。やがてその風は物語を運んでくる。


議題の車 (短編)

「フィルシーフランクがJojiになったみたいに、お道化た人間の人間性が垣間見える瞬間、太宰の作品なんかもそうですけど、仮面を外した瞬間に人間のそもそもの多様性みたいなのが垣間見えると思うんです。なんかそういうの好きです 」
そう悟がいうと、後部座席にいる佐渡さんが大袈裟に笑ってみせた。
「じゃあ、さとるくんは無意識的に二面性にコンプレックスを持っているのかな?」
周りの人はその言葉に反応してクスッと和やかに反応をした。悟は何も言わず、窓の外を遠く見ていた。
「二面性のない人なんていませんよ」
誰かがそう答えた気がした。

思えば随分と山の上まで登ってきているようだった。今僕らは山道を車で走っている。佐渡さんが運転手で、後部座席には同級生の悟と山瀬がのんびりと腰掛けている。社会人になる手前、最後の人生の夏休みだと言って先輩の佐渡さんが僕らを連れてきてくれた。「こういうのはね、誰もいない離島に限るんだよ。」そう佐渡さんは言って僕らを名も知れぬ離島に連れてきた。この島は、車なら30分もかからないで一周できる小さな離島らしい。だから山を走ってると思っていても、隣に海が見えるから不思議だ。

「でもそれってさ、多面性なんじゃなくてポジとネガの両極性に引かれてるだけじゃない? というか日本人そういうの好きだよね、芸人が明るく振る舞ってる部分の裏には何かがあるんだっていうやつ」そう口火を切ったのは山瀬だった。彼は普段、誰かの言葉を受け入れてそこに対しては意見をする人間ではなかったのだが、この車内では違った。多かれ少なかれ、僕には違って見えた。
「そうか、コンプレックスを抱えてるのは山瀬の方か」そうにやりと佐渡さんが言う。
「別に関連させて話しただけですよ。」ふてくさてながら山瀬はいう。
「だから君たちをここに連れてきたんだ。」佐渡さんがそう言い放った。言葉だけがその車内で不気味に、居心地が悪そうに飛び交った。その地点で僕らの中にその言葉の意味がわかる人は誰一人いなかった。

 やがて車のFMは電波が途切れ、ナビゲーターの声が途切れ途切れになっていく。誰かが対談をしていたが今となってはどんな内容だったか、どんな人だったかさえ思い出せない。山瀬が自分の携帯で音楽をかけようとしていたけど電波が届かないためか、スマホがただの鉄の塊になったと嘆いていた。

ゆっくりと時間は流れる。四輪駆動の登山用の車はものすごいリズムと衝撃を発生させながら森を突き進んだ。車は島の内部に入っているようだった。

    議題一「ポジとネガについて」

「『新しもの好きで変化を恐れる』というように相反するような要素をどちらも有している様子。」佐渡さんがそう辞書を読み上げるように言った。
「仮面の話でいうと、その仮面を外す行為自体にある種見せ方として矛盾する部分があるじゃないですか。エンターテイメントとして求められていくことが正義ならその側面で常に表現していくべきだ。でもそれを外してまでもうやりたいことが出てきちゃう。その部分に僕は人間のどうしてもダメな部分というか、根本の嫌な変な部分を感じるんですよ。それが人間っぽいなというか。」と悟は珍しく語り出す。僕の知らない悟がそこにいた。僕はその地点でどこか、違和感を感じていたが、ただそれは直感のようなもので、うまく言語化することはできなかった。森の深く内部にいくに連れてこの議論は高まっていった。
「あぁ、わかったよ、君はたいていみんな善良であると前提の元、至るところに悲劇が生じ、また大きな悲劇的結末が約束されているところに魅力を感じている。」と山瀬は悟の思考を構造化したと言わんばかりにロジックに語りかける。
「僕の考えていることは喜劇と悲劇の対比についてなのかな」と悟が不安げにいう。
「そうだよ。今までの近代の物語は気の弱い人間に見えて、王を殺したり、戦争を起こしたりしてきた。そうやって作られてきた近代悪的な物語の構造に乗っかってるんだよ」
「じゃぁ、僕が感じている人間的な魅力は歴史や文学の物語の系譜にあるってことなのか?」
「あくまでも君の場合はね。」
車は道のない土砂道に突入した。先ほどよりリズムは激しくなり体に伝わる振動も大きくなる。

   議題ニ「人の多面性について」
「君は何一つわかっていない。」悟は山瀬に言葉を投げ捨てる。
「僕は時々わからなくなる。悲劇と喜劇の狭間で、その出生を愛することもあるけれど、それ自体が嫌いなこともある。昨日好きだった音楽は今日は嫌い。だからさっき話したポジとネガの物語が自分みたいになっちゃう時があるんだ。今日はネガな人生だったって。何もかもが無力に思えて。」
視界が悪くなり始めていた。雑草が空へと点高く伸びきっているせいで、視界を塞いでいた。議題が深まっていくにつれて僕は一人だと気づく。僕は隣にいる佐渡さんの顔すらわからなくなる。
「君は自分の喜劇と悲劇のペースをわからないでいる。」と佐渡さんらしき人が僕らにいう。
森はやがて音を立て始める。まるでスコールが降ったように、激しい物音がする。風の音だ。そして車はまた新しい議題を運んでくる。

   議題三「について....」


   議題四「佐渡さんについて....」

   議題五「”わたし”について....」


(未完



続きはまたそよ風が吹いたら。

他愛もない独白を読んでくれてありがとうございます。個人的な発信ではありますが、サポートしてくださる皆様に感謝しています。本当にありがとうございます。