4 ヤンキーの白袴と、僕の黒いスーツ(試し読み)

 あのとき、サブちゃんの紋付羽織袴の真っ白な輝きに、「負けた……」と僕は思ってしまったのだった。
何に負けたのかもよくわからないままに。

 成人式に話はさかのぼる。当時まだ実家に暮らしていた僕は、式に着ていく服に悩まなかった。少し前に姉の結婚式があり、そのときに姉の見立てでスーツセットを一式を買ってもらっていたのだ。大学生に服を新調する金もなく、わざわざレンタルを探すモチベーションもない。どうせみんなスーツでくるんだろうし。

市民会館の前に着くと、会場前の道路は新成人でごった返していた。女子連中の圧倒的に華やかな振り袖やドレスに対して、男子連中はみな黒っぽいスーツ姿だ。やっぱりね、と少し安心する。男友達を見つけて立ち話していると、後ろでクラクションがけたたましく鳴った。振り返ると白いセダンが人を分け入ってやってくる。そしてその助手席から体を大きく乗り出している人影があった。いわゆる箱乗りというやつで、最近では成人式名物として知られるヤンキーの登場であった。僕の地元はツッパリ文化華やぎし茨城である。
迷惑だなあと思っていると、箱乗りしていた奴は市民会館の入り口で車を下りて、こちらを向いた。
「おお、ひっさしぶりー!」
と僕に向かってぶんぶん手を振ってくるものだから驚いた。よくみると、確かに見覚えがある顔だ。そいつは中学生の時の同級生で、サブちゃんと呼ばれていた。ちなみにサブちゃんというあだ名は彼の本名に由来しない。授業中は寝て過ごし、休み時間は格闘技のまねごとにいそしむタイプで、放課後は気軽にタイマンに誘ってくるお調子者だった。喧嘩など勝てる気がしない僕はいつも断っていたが、サブちゃんはこちらが断れば素直に引き下がるやつで、なんだかんだうまく付き合っていた。

 中学卒業以外、ひさしぶりに再会したサブちゃんは、頭をまっ金キンに染め、完全なヤンキーへと進化していた。それ自体どうということもないが、僕が驚いたのはサブちゃんの装いだった。真っ白な紋付きの羽織に、銀色にギラギラ光る袴、これに金髪が加わるので、冬の少ない日差しを集めて増幅して反射しているのではないかと思えるほど輝いていて、眩しかった。サブちゃんは僕と二言三言交わすと、さっさと仲間の方に行ってしまった。

横にいた僕の友達が、サブちゃんやその仲間を見て「すごい格好だなあ」とつぶやいた。そう、すごい格好だ。僕と、僕の友達連中を改めて見渡せば、黒っぽい色ばかりが並ぶ。僕はそのとき、なぜかふつふつと敗北感が湧くのにに気づいた。今にして思えば、僕は自分の装いの選択の浅はかさに気づかされたのだ。大人の男はスーツが無難。それさえ着ていれば、自分は人とおなじように振る舞えると、社会常識を共有しているとアピールできる。それが無難さの正体だ。でも、成人式の日にまでそうする必要はあったのか。せっかくの晴れ舞台だというのに、自分を他人と同じに見せる選択肢を自ら選んだのだ。それに比べてサブちゃんは、もちろん彼の仲間うちではああいう羽目の外し方こそが望ましいという事情はあるにせよ、どんな装いが一番自分の個性を表現できるか考えて、それなりのお金をかける決断をして、あの格好に至ったに違いなかった。僕はそんな彼が、彼が掴み取った一生に一度の特別な体験がうらやましくなってしまったのである。

 とはいえそこでおしゃれに目覚め、努力を始めるといったことはしなかった。当時の僕は、おしゃれ競争で自分のプライドが傷つくのを恐れ、日常的にあえてダサい格好をしていた。サブちゃんへの敗北感はあったが、それはあくまで晴れの場での装いに関してだった。日常の装いは別物だったのである。

 この状態が数年続いたのち、またスーツの出番がやってくる。就活である。成人式の時に着ていたスーツでそのまま就活に臨んだ僕は、さすがにくそダサいままではいられず、本当に最低限の身だしなみを整えることにした。五分刈りから髪を伸ばしたりした。そうすると日常の心構えも少しずつ変わってきて、いつしか僕はダサイ服装から無難な服装を好むようになった。僕にとってのそれは黒っぽくて目立つ柄のあまりない、つまり暗くて地味な服装だった。基本的な色柄の系統はスーツと同じである。自分は何をどんな風に装いたいのか深く考えることも、どんな装いならば似合うのかを学ぶこともなく生きてきた僕にとって、「あえてダサい」を脱却しつつ当座をしのぐ手段は他になかったのである。暗くて地味な服は、成人男性の装いとしては最も問題の少ない服でもあった。どこに出ても目立たない代わりに恥ずかしくもない。イラストレーターが街の風景を書いたら、若い男の通行人として描きそうな風体だった。僕は成人式のときの悔しさもいつしか忘れてしまったのである。

 でも正直なところ、無難を選ぶときには、嫌だという気持ちが伴ってもいた。なぜなら根本的なところでは僕は目立ちたがり屋だったからだ。ぼくは暗い色や、柄のあまり目立たない服が好きだったのではない。
どうすればサブちゃんのように自分の着るべき服を選び出せるのかわからなかっただけなのだ。自分には無理だ、高望みをしないようにしようと、自分に嘘をついていた。それは情けなくて、悔しい経験だった。だからといってそれを打開する方法が見つけられるわけでもなく、僕の二十代は過ぎていった。


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