夏の夜の夢 作 : 沖ママ 絵 : 画家
暗い暗い土の中。
視力を持たないカブトムシは、暗い暗い土の中で長い長い時を過ごしていました。
雨が過ぎ、雪が降り積もる冬を越えてカブトムシは土の中で春を迎えます。
土の中は暖かくてどれだけ寝ていても、怒られることはありません。ご飯をお腹いっぱい食べても、無くなることはありません。
そんな土の中で、長い長い時を過ごすのです。
そんなカブトムシも地上へ出なければなりません。
暖かく、暑い日が続く夏。ある日の夜に、カブトムシが土の中から出てきました。
「ここが地上の世界なのか。土の中と変わらないな。」
初めて地上に出たカブトムシはポツリとそう、言いました。
それもそのはず。
カブトムシが地上に出たのは、暑い夏の夜だったのですから。
しばらくすると、地上がどんなものか分かって来ます。
地上は、土の中と違ってご飯がありません。お腹いっぱいに食べる事が出来ないのです。
土の中のように、たくさん眠る事も出来ません。眠っている間に、人間に捕まってしまうかも知れないのです。
お腹を空かせたカブトムシはいい匂いのする木を見つけます。とても甘い匂いがするクヌギの木です。
カブトムシが近付くと、先に来ていた昆虫たちが、場所を空けてくれました。
「ありがとう。ボクもお腹いっぱいたべよう。」
地上に出て初めてのご飯はクヌギの木の、樹液でした。
たくさんご飯を食べたカブトムシは空へ飛び立ちます。
「地上って広いんだなぁ。」
どれだけの時間、飛んでいたでしょうか。
カブトムシは仲間のカブトムシと出会いました。
「やぁ、君もボクと同じカブトムシなんだね。」
カブトムシは仲間のカブトムシに声をかけます。
しかし、仲間のカブトムシは元気がありません。
『君は、地上に出てきたばかりかな?』
仲間のカブトムシはゆっくりと話します。
「そうだよ。地上は広いね。 」
『そうか。おっと、ボクには近寄らないでおくれ。ボクは病気なんだ。』
仲間のカブトムシに出会えたのが嬉しくて、近寄ろうとするカブトムシを、仲間のカブトムシは止めました。
「病気?」
『そう、ボクにはもう飛ぶ力も残ってはいないのさ。』
仲間のカブトムシは、どうやら病気になってしまったようです。
「せっかく出会えたのに。」
カブトムシは寂しくなりましたが、仲間のカブトムシと少しでも話しをしようと話しかけます。
『もう間もなく、夏が終わる。ボクたちカブトムシは生きてはいけなくなるんだ。』
仲間のカブトムシは寂しそうに、残念そうに話ました。
「ボクは元気いっぱいだよ。」
カブトムシは地上に出てきたばかり。まだまだ元気いっぱいです。
『いずれ君にも分かるよ。さぁ、もう行くんだ。君はここに居ちゃいけない。』
仲間のカブトムシは最後の力を振り絞り、カブトムシを飛び立たせます。
「そんな……。もっとお話、したかったな。」
夜空に浮かんだ月が、とても綺麗な夜です。もうすぐ夏が終わる。仲間のカブトムシが言っていました。
「どういう事なんだろう?」
それからカブトムシはご飯を探して飛び回りました。
けれども、クヌギの木は樹液を出せなくなっていました。
夏が終わる。
夜空に浮かぶ月がよりいっそう、その明るさを増し、綺麗に輝いています。
「あの場所にきっと何かある。」
カブトムシは懸命に、一生懸命に飛び続けました。
けれども月にはたどり着けません。
「もっと、もっと近くに。」
カブトムシは頑張って、頑張って飛び続けます。
どれだけ飛んでいたのか分かりません。
夜空に浮かぶ月を目指して、飛び続けたのでした。
暗い暗い土の中。
視力を持たないカブトムシは、暗い暗い土の中で長い長い時を過ごしていました。
土の中は暖かくてどれだけ寝ていても、怒られることはありません。ご飯をお腹いっぱい食べても、無くなることはありません。
カブトムシは、地上の世界を夢に見て、長い、長い夢を見ているのでした。
カブトムシは夢の中。
地上の世界を夢に見て、眠り続けます。
ゆっくり、ゆっくり、お休みなさい。
おしまい