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第四章 タナバルのイナフク婆①(球妖外伝 キジムナ物語)

ぬめっとした潮風がふく、うす気味悪い夜です。ニシハラのガジャという海岸に、釣りをするふたりの影があります。村人がならんで腰かけて、何やら話をしていました。

「おまえが見つけたのは、あのあたりか?」
男が海の沖を指さしました。
「そうだよ。舟をこいでいたら、何かにぶつかってからよ。海を見たら婆さんがプカプカ浮いていたわけ。とてもおどろいたよ」
「生きてる人間で良かったな」
「まあな。でも婆さんを引きあげたら、またびっくりしたよ。なにせ身体中に貝やフジツボがくっついていたからな」
「そいつは、おどろくな」
「家につれて帰って、おもゆを飲ませたら、婆さん元気になったんだ。でも何もしゃべらないから、どうしたもんか困ったよ」
「それでどうした?」

「うわさを聞きつけて、大勢が見にきたんだけど、タナバル村の人が来たときに、婆さんはやっと口をきいたんだ」
「何て言った?」 
『わたしはイナフク婆です。わたしは海の底の竜宮に行っていました』
「そしたら婆さん急にげーげー黄色いものを吐いたんだ」
「あげー汚いな」
「そのあとは、また何もしゃべらなくなってさ。タナバル村の人が、婆さんを村に連れて帰ったんだ」
「婆さんは竜宮に行ったから、身体に貝がついていたのか」
「みんなはニライカナイ婆と呼んでいたよ」

急に、ふたりは顔をあげて海を見ました。
 
じゃぽん……じゃぽん……
 
それは舟をこぐエークの音でした。暗い夜の海には一そうのサバニ(小舟)が浮かんでいました。舟はゆっくりとこちらへ向かっています。
「こんな時間にだれだ?」
「見たことがない舟だな……」
舟の上にはクバ笠とミノをかぶった3人が乗っています。

「雨も降っていないのに、おかしなやつらだな……」
生あたたかい風が吹き、ふたりはごくりと唾をのみました。舟が海岸につくと、不気味な3人は舟から降りて、こちらへ向かって歩いてきました。
 
ザッ、ザッ、ザッ……

「おい……こっちへ来るぞ。どうする?」
「どうするったって……」
ふたりは不安気に顔を見合わせました。

「こんばんは」
気がつくと、クバ笠をかぶった小柄な男が目の前に立っていました。
「どうも……」
村人たちは上目づかいで小声で返事をしました。
「このあたりの海で、身体に貝がついた婆さんを見かけませんでしたか?」
クバ笠の奥から2つの目が光りました。
「そ……その婆さんなら、海に浮いていたところを、おれが助けたよ……」

「ほんとうに!?」
小柄な男が大声を出したので、村人はビクッとしました。
「やっぱりニシハラに向かったのね……」
「思ったとおりじゃ……」
クバ笠をかぶった残りのふたりが、後ろで何やらひそひそと話をしています。

「それで婆さんは、今どこに?」
クバ笠の中の赤い目が、村人の顔をのぞきこみます。
「タ……タナバルの村人が連れていったよ……」
ふたりの村人は全身に冷や汗をかいていました。

小柄の男はくるりと背をむけます。
「カーブヤーたちの言うとおりだったね……」
「やはりタナバルのイナフク婆じゃったか……」
3人組は向かいあって小声でぶつぶつ話をしました。

「それじゃあ……おれたちはこれで……」
村人たちは、そっとこの場から離れようとしました。

「あら?釣り竿を忘れていますよ」
クバ笠の女性が後ろから、ふたりに話しかけると、首すじにひんやりと冷たい空気が流れてきました。村人たちは背中がぞくぞくっとして寒気がしました。
「ひええ!どどど……どうも……」
がたがた震えながら、村人たちは釣り竿をとろうとしました。

「ほれ。どうぞ」
クバ笠をかぶった老人のようなものが、釣り竿を渡そうとしたとき、村人たちの手にチクチクとしたトゲのようなものがあたりました。
 
「ぎゃーっ!!!」
 
ふたりの村人は大声で叫び、取るものも取りあえず逃げてしまいました。クバ笠の3人は、慌てて走りさる村人たちの後ろ姿をぽかんと見つめました。

「わしのソテツの葉があたって、おどろいたようじゃのう」
スーティーチャーが言いました。
「クバ笠とミノを着たのが良くなかったんじゃない?正体は隠せるけど、かえって目立つ気がするわ」
アメ幽霊が顔をしかめました。
「いい考えだと思ったんだけどな」
キジムナ・ムムトゥが照れくさそうに笑いました。

クバ笠とミノを脱いだ3人は、大きな丸い岩に座って話をしました。
「イナフク婆さんは、やっぱりニシハラに来ていたんだね。タナバルの村に帰ったと言っていたよ」
「ふむ。カーブヤーたちの調査が当たっていたようじゃ」
「でも、ちゃんと家に帰ったかどうか、この目で確かめさせてね。心配ですもの」
アメ幽霊がキジムナに念を押しました。
「うん!そのつもりだよ」

そのとき、3人の足元がぐらりと揺れました。
「きゃっ!」
「なんだ?地震?」
「いいや!ムムトゥ、足元をよく見るのじゃ!」
キジムナは目を大きく見開きました。ごつごつした岩だと思っていたのは、じつは大きな亀の甲羅だったのです。

大亀

ゆっくりと動きだした大亀は首を長くのばしました。そして背中の3人に気がつくと、鎌首をもたげて噛みつこうとしました。

「逃げろ!」

3人は大亀の甲羅を飛びおりると、一目散に走りだしました。大亀は首をのばして足の遅いスーティーチャーに襲いかかります。
「ひええ……!」
キジムナは、すばやく亀のしっぽ側に回りました。甲羅には、ふさふさとした長い藻がたくさんついています。キジムナは甲羅をつかむと、ものすごい力で大亀を持ちあげました。大亀はおどろいたようすで手足をジタバタさせています。キジムナは大亀を、そのまま海に向かって投げ飛ばしました。
 
ドッボーン
 
海に大きな水しぶきがあがりました。スーティーチャーは、ぜーぜー言いながらキジムナにお礼をいいました。
「危うく噛みつかれるところじゃった。ムムトゥ、助かったよ」
「先生、大丈夫?しかし凶暴な亀だったね」
「やれやれ。ホロホロー森とちがって、このあたりの妖怪たちは、ムムトゥのことを知らないやつらが多いかもしれん。気をつけねばならないのう」
「何かあったら、ぼくが守るからね!あれ?アメ幽霊は?」
キジムナはキョロキョロあたりを見回しました。

「ここよ」
アメ幽霊は暗がりから、ぼうっと青白い姿をあらわして、にっこり笑いました。
「わ!びっくりした」
「わたしはいざとなったら、姿を消すことができるから心配しないで。でも日の光は苦手なの」
「そうか。じゃあ夜のうちに移動して、昼間はどこか日が当たらないところにいよう」
「そろそろ夜が明けそうじゃ」
東の空の暗い雲のすきまから、水色とオレンジ色の光が見えました。
「あの森へ行こう」
キジムナは運玉森(うんたまもり)を指さしました。
 

運玉森

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