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第四章 タナバルのイナフク婆②(球妖外伝 キジムナ物語)

運玉森(うんたまもり)は森と呼ばれていますが、じっさいのところは、かたちのよい三角形の小さな山です。

森の中は木がこんもりと茂って、ぬれた落ち葉や土の匂いが鼻をつきました。早起きの鳥たちがあくびをしながら、さえずりはじめています。キジムナ・ムムトゥとスーティーチャーとアメ幽霊は、草木をかき分けながら森の奥へ向かって歩いていました。

「おい!動くな!」
いきなり、後ろからドスのきいた声がしました。キジムナとスーティーチャーがふり向くと、がっちりとした体格の男がアメ幽霊の口をふさいで、短刀を突きつけていました。男は、ぼさぼさの髪にハチマキをしめて、黒づくめの服を着ています。

「おまえたちは何者だ?」
男は鋭い目でキジムナの姿をじろじろ見ました。
「追っ手かと思ったが……どっからどう見ても違うな」
そうつぶやくと、男は捕まえていたアメ幽霊をぱっと離しました。
「手荒なことをして悪かった」
男はアメ幽霊に頭を下げました。急に男が態度を変えたので、キジムナとアメ幽霊はびっくりしました。
「お詫びにいいものをやるから、こっちにこいよ」
男は返事も聞かずに、すたすたと茂みの奥へ歩き始めました。

キジムナとアメ幽霊は、急な展開についていけず、ぽかんと口を開けていました。
「どうする?行ってみる?」
キジムナが聞くとアメ幽霊はコクリとうなずきました。ふたりがスーティーチャーのほうを見ると、身動きひとつせずにソテツの木のふりをしていました。

ふたりが案内されたのは男の隠れ家であるガマでした。ガマとは洞窟のことです。男は古い着物を出すと、キジムナの胸にぐいっと押し付けました。

「ほら、これを着ろよ。身につける着物ひとつないなんて、かわいそうだからな」
キジムナは着物を受けとると、きょとんとして男に聞きました。
「あんたは何者なの?」
男はニヤッと白い歯を見せました。
「ヌスルー(泥棒)さ」
「え!泥棒?」

「勘違いするなよ。おれが相手にするのは金持ちだけだ。あいつらはたくさん物を持っているからな。ちょっとやそっと盗まれたって平気だ。おれは金持ちから物を盗んで、おまえらみたいな貧乏人に分けているのさ」
「ふうん」
「世の中おかしいと思わないか?百姓が汗水流してつくった作物を、役人たちがほとんど持って行ってしまう。いくら頑張っても報われない。弱いやつは強いやつに働かされて搾取されるばかりだ。納得がいかないから、おれは盗むのさ」

「そうなんだ。でも、これはいらないよ」
キジムナは着物をヌスルーに返しました。
「そうか。なら、これをやる」
ヌスルーはイモを数本とり出しました。

イモ

「病気の姉さんに食べさせてあげな」
「病気の姉さん?」
ヌスルーはアメ幽霊を見ました。
「顔色が悪いし体も冷たい。栄養をつけさせてやるんだ」
キジムナは無理やりイモを持たされました。

ヌスルーのねぐらをあとにして、スーティーチャーをむかえにいきながら、ふたりは言葉を交わしました。
「変わったことをする人間もいるんだね」
「そうね。泥棒だけど意外といい人かもしれないわ」
アメ幽霊の青白い頬がほんのり赤くなりました。

ウチャタイ道

まぶしい日差しを運玉森でやりすごした3人は、夜をむかえてタナバルに向けて出発しました。ひとけがない暗い山道を歩いていると、どこからともなく怪しい三線の音が聞こえてきました。
「だれが弾いているのかな?」

不思議に思いながら歩いていると、キジムナの手をだれかがスッとなでました。
「わっ!?」
「なんじゃ?どうしたのじゃ?」
「だれかがぼくの手をさわった!」
3人は立ち止まって、あたりをキョロキョロ見回します。

「キジムナ、イモを見て!」
アメ幽霊が叫びました。キジムナが持っていたイモは、茶色から黒色に変わり、くさい匂いをはなっていました。キジムナはおどろいてイモを捨てました。

「ふむ。これは、ウチャタイマグラーの仕業かもしれんのう」
スーティーチャーがイモを見て言いました。
「ウチャタイマグラー!?」
「ウチャタイ道に出るというマジムンじゃ。三線や相撲が好きじゃが、困ったことに食べ物を腐らせてしまうのじゃ」
すると暗闇の中から、三線をもってニタニタ笑う大柄の男があらわれました。

ウチャタイマグラー

「なあんだ。おまえたちもマジムンか」
男は岩の上から3人を見下ろしました。
「おぬしはウチャタイマグラーじゃな?」
「そうだ」
「なぜ、こんなことをするんだ?」
キジムナが首をかしげると、ウチャタイマグラーは不満気に口をとがらました。
「おれはいつも腹を空かせているのに、だれもおれに食べ物をくれない。だから腹いせに腐らせてやるんだ」

キジムナは、ちょっぴりかわいそうに思いました。
「それなら、ぼくが今度食べ物をもってくるよ」
「本当か?」
「だから、もう嫌がらせはやめるんだ」
「わかった」
ウチャタイマグラーは思いのほか素直に返事をしました。

「急いでいるから、ぼくらはもう行くね」
キジムナたちが道を通ろうとすると、ウチャタイマグラーは両手を広げて通せんぼしました。
「だめだ」
「なぜ、だめなんだ?」
「おれと相撲して勝てたら通してやる」

しかたがないので、キジムナはウチャタイマグラーと沖縄すもうで勝負することにしました。沖縄すもうでは、相手の帯をつかんで組み合った状態から始めます。相手の両肩を地面につけた方が勝ちです。ウチャタイマグラーも力持ちでしたが、キジムナはあっという間にウチャタイマグラーを倒してしまいました。

「ぼくが勝ったから通らせてもらうよ」
キジムナたちが先に進もうとすると、ウチャタイマグラーは突っ伏しておいおい泣き始めました。

泣くウチャタイマグラー

3人はあっけにとられました。
「ウチャタイマグラー、なぜ泣くんだ?」
「おまえは食べ物を持ってくると言ったが、どうせおれは食べられないんだ」
「どうして?」
「おれだって本当は食べ物を腐らせたくないけど、おれの手に触れるものは、みんな腐ってしまうんだよ」
ウチャタイマグラーはボロボロ涙を流しています。

「しょうがないわねえ」
アメ幽霊はふところからアメを取り出すと、ウチャタイマグラーの手に置きました。
「ほら、アメなら腐らないでしょう」
ウチャタイマグラーはアメをじっと見つめました。
「本当だ!やった」
ウチャタイマグラーは嬉しそうに目を輝かせると、そのまま消えてしまいました。スーティーチャーは肩をすくめました。
「やれやれ。人騒がせなやつじゃったのう」
「先を急ごう」
3人は山道をすすみました。

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