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第三章 マブイグミとアコウ④(球妖外伝 キジムナ物語)

ホロホロー森からスーティーチャーとアメ幽霊が出てきて、ぐしちゃん浜のキジムナに駆けよりました。
「ムムトゥ!無事でよかった……!」
「キジムナ、目を覚ましたのね!」
ふたりが喜ぶのを見て、キジムナはきょとんとしました。
「ぼく、何でここにいるんだろう?」
「おぬし、覚えておらんのか?」
キジムナはこくりとうなずきました。スーティーチャーとアメ幽霊は顔を見合わせました。

スーティーチャーから、これまでのいきさつを聞いて、キジムナは目を丸くしました。
「そうだったのか……。ぼくはマブイを落としたのか。探してくれてありがとう」
スーティーチャーが首をかしげました。
「それにしても、アコウ・クロウがムムトゥを台風の中に放り投げるとは思わなんだ。あのあといったい何があったのじゃ?」
「それが、ぼくにもよくわからないんだ。気がついたら砂浜で笑っていた。でも不思議と気持ちがすっきりしていたんだ」

「ふーむ。もしかしたらアコウ・クロウは、こうなることを予想していたのかもしれんな……」
スーティーチャーは腕を組みました。
「でも嵐の中に投げ飛ばすなんてひどいわ。ケガをしたかもしれない。アコウは乱暴で危険なやつよ。気をつけたほうがいいわ」
アメ幽霊はぷんすか怒りました。
「ぼくはアコウに会って話をしたいな。ぼくにそっくりなんだろ?」
キジムナは目をキラキラ輝かせましたが、ふとお婆さんのことを思い出しました。

「あ!そういえば、お婆さんに悪いことをしちゃった。寄り道して、ほったらかしてしまったけど、お婆さんは元気?」
キジムナが聞くと、急にアメ幽霊の表情がくもりました。スーティーチャーが険しい顔で答えました。
「それがな……。台風のあとにいなくなってしまったのじゃ」
「えっ!」
「風がおさまってから、わしとアメ幽霊はキジムナを探しに外へ出たのじゃが、家に戻ると婆さんまでいなくなっていたのじゃ」
「そんな……!」
「あの体でどこに行ってしまったのかしら……。心配だわ」
アメ幽霊が不安気に手をもみました。

「ひひひ。人間の婆さんなら、おれは見たぞ」
上のほうから声がしたので、ふり向くと、アコウがブリ(巨岩)の上に寝そべっていました。

「アコウ・クロウ!」
スーティーチャーが問いかけます。
「おぬし、婆さんの行き先をしっているのか!?」
「どこへ行ったのかは知らんが、家の外へ出ていったのは見たぞ。海の方向へ歩いて行った」
「海へ行ったじゃと……?ふーむ」
「もしかしたら、竜宮へ帰ってしまったのかしら?」
スーティーチャーとアメ幽霊は困惑したようすでした。

キジムナは笑顔でアコウに向かって手をあげました。
「やあ!きみがアコウ・クロウか。ぼくはキジムナ・ムムトゥだ。よろしくね」
アコウは、ほおづえをついてキジムナを見おろしています。
「ようやく目を覚ましたか。寝ぼすけめ」
キジムナは、ちょっとカチンときましたが、しゃべり続けました。
「きみと話したいことがたくさんあるんだ。ぼくと友だちにならない?」

「ひひひ。ごめんだね。おれは別に話したいことはない」
そう言うと、アコウはブリの上からぴょんと飛び降りて、森の中に走って行ってしまいました。

キジムナは、あぜんとしてアコウの後ろ姿を見つめました。
「ちぇー色々聞きたかったのに……」
「あやつは、ひとりでいるのが好きなようじゃ……。なあに、素っ気ないようじゃが、おぬしに関心をもっている。そのうちまた現れるじゃろう。荒っぽいが、それほど悪いやつではなさそうじゃ」
スーティーチャーはキジムナをなぐさめました。

3人は、とりあえずキジムナの家に帰ることにしました。家の中に入ると、毛並みがボロボロになったオオコウモリとジャコウネズミとイソヒヨドリが、ぐったりしたようすで休んでいます。

「わっ!何があったの?大丈夫?」
キジムナの声を聞いて3匹は飛び起きました。
「キジムナ!目を覚ましたのね!わーん、よかった!」
「会いたかったよぉ!」
ビーチャとスーサーが泣きながらキジムナに抱きつきました。
「まったく!心配かけやがって」
カーブヤーは目を潤ませて鼻をこすりました。

「カーブヤーたちは、おぬしが寝ているあいだに、婆さんのことを調べに行ってくれたのじゃ。ずいぶん苦労したようじゃのう」
スーティーチャーがキジムナに説明しました。
「そうだったのか。みんな、ありがとう!」
「お礼なら宴会でいいよぉ。わんに泡盛を飲ませてくれぇ」
「もう!スーサーったら!」
ビーチャがスーサーを小突くと、みんなどっと笑いました。

「ところで、肝心の婆さんはどこにいるんだい?姿が見えないけど……」
カーブヤーが聞きました。
「それがね、目を離したすきに家を出ていったようなの……」
アメ幽霊がため息をつきました。
「ええっ!」
「そんなぁ。せっかく苦労して調べてきたのにぃ」
「いろいろ分かったことがあったのにな」
ビーチャにスーサーにカーブヤーは、がっかりして床に座り込みました。
「ふむ。せっかくじゃから聞かせてくれるか」
スーティーチャーが声をかけ、みんなは車座になりました。

カーブヤーがまじめな顔で話し始めました。
「ここからずっと北に行くと、ニシハラという間切がある。そこにタナバルという人間の村があって、どうやら婆さんはその村のノロだったんだ」

間切とは地域の分け方で、今でいう市町村のようなものです。琉球王国時代、沖縄は間切で分けられていました。ノロとは祝女といって、お祈りをしたり行事を取りしきったりしました。
「3年前にウタキでお祈りをしていたら、婆さんの姿が消えてしまったらしい。イナフク婆と呼ばれていたそうだけど、あのお婆さんのことじゃないかな」
カーブヤーの説明にスーティーチャーがうなずきました。
「よく調べてくれたのう。あの婆さんがイナフク婆じゃとしたら、婆さんはニシハラのタナバルに向かったのかもしれん」

「じゃあ、そこに行ってみようよ!」
キジムナが立ちあがりました。
「婆さんが無事に家に帰れたかどうか心配なんだ。ほったらかして悪いことをしたからさ」
「ふむ。わしもあの婆さんの正体に興味がある。ともに行こう」
スーティーチャーが言いました。
「わたしも連れていってちょうだい。面倒をみるといったのに、目をはなして迷子にさせちゃって……お婆さんが心配だわ」
アメ幽霊は手を合わせてお願いしました。

「わたしたちも行くわ!」
ビーチャとスーサーとカーブヤーは立ちあがろうとしましたが、ヨロヨロとふらついてしまいました。

「ありがとう。でもビーチャにスーサーにカーブヤーは、その身体じゃ無理だ。家に帰ってゆっくり休んでくれ」
キジムナは3匹に言いました。
「そんな……」
「ぼくが寝ているあいだ苦労をかけたね。本当にありがとう。ぼくはもう大丈夫だから、あとはまかせて!」

「キジムナぁ」
3匹は目を潤ませました。
「スーサー!帰ったら、みんなで宴会を開こう!楽しみにしていて」
キジムナは力強くほほ笑みました。

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