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第一章 海から流れてきたお婆さん③(球妖外伝 キジムナ物語)

キジムナとじゃこうねずみのビーチャは、イソヒヨドリのスーサーに案内されて、ホロホロー森の奥へ急ぎました。
「ひええ!助けてくれ!」
悲鳴がするほうを見ると、手足が生えたソテツに、たくさんのシジミチョウが群がっています。

スーティーチャーの苦手なもの

「先生、ぼくにおぶさって!」
キジムナはソテツを背負うと、すごいスピードで走って、あっという間にシジミチョウの群れを引き離しました。

「先生、もう大丈夫だよ」
先生とよばれたソテツは、名前をスーティーチャーといいました。長い年月を生きたソテツで、物知りだったので、みんなから「先生」と呼ばれていました。

スーティーチャーは、がたがた震えながらお礼を言いました。
「ふ…ふむ。助かったぞ、ムムトゥよ」
ほかのみんなはキジムナ・ムムトゥのことを「キジムナ」と呼ぶのですが、スーティーチャーだけは「ムムトゥ」と呼んでいました。

「なによ。こんな大きな図体をして、あんな小さなチョウチョのどこが怖いのよ!」
じゃこうねずみのビーチャが口をとがらせて言いました。

ビーチャ

「な…なんじゃと~?この生意気な小ネズミが!」
スーティーチャーはオレンジ色の目をぎょろりと見開きました。
「なによ!やる気?」
「ケンカは、やめてぇ」
スーティーチャーとビーチャの間で、イソヒヨドリのスーサーが、あわててぱたぱた飛びまわります。

「ビーチャ、そんな言いかたは先生に失礼だよ。だれにだって苦手なものがあるだろ?」
大好きなキジムナにたしなめられて、ビーチャはしゅんと小さくなりました。
「そうね…。わたしが悪かったわ。でもシジミチョウのどこが怖いの?」

ソテツのスーティーチャーは、ため息をつきました。
「まったく、何もわかっておらんな……。シジミチョウはな、一見小さくてかわいく見えるが、たいへん恐ろしい生き物なのじゃ。シジミチョウはソテツに卵を産みつけて、ふ化した幼虫は、葉っぱの新芽をむしゃむしゃ食べてしまうのじゃ。そうするとわしは、枯れてしまうかもしれん。ああ、なんと恐ろしい……」

ビーチャは目を丸くしました。
「そうだったの……。そうとは知らずに、ごめんなさい」
スーティーチャーはフンと鼻息を鳴らしました。
「ふむ!口のきき方には気をつけるように!」

キジムナがスーティーチャーに言いました。
「ところで、先生に頼みたいことがあるんだ」
「なんじゃ?」
「海から流れてきた婆さんに会ってほしいんだ」
 
キジムナの家に案内されたソテツのスーティーチャーは、腕を組んでじっとお婆さんを見つめています。そしてそのまま、石のように固まって動かなくなってしまいました。

考えるスーティーチャー

「えっ…?先生、いったいどうしたの?」
ジャコウネズミのビーチャが小さな悲鳴をあげました。
「先生は考え込むとこうなるのさぁ。これは気長に待つしかないなぁ」
イソヒヨドリのスーサーがのんびり、さえずりました。

ソテツという植物は、じつにゆっくり成長する植物です。スーティーチャーは深く考えると、まるで時間が止まったかのように静止してしまうのです。

東にのぼった太陽が西に沈みそうになりました。スーティーチャーのとなりで、ぐうぐう寝ていたキジムナ・ムムトゥが、ぱちっと目を覚ますと、夕暮れになっていました。

「あれ?ビーチャとスーサーはどこ?」
キジムナは、お婆さんの夕食の支度をしていたアメ幽霊に聞きました。アメ幽霊は、いつのまにか人間の町へ行って、芋や野菜などの食べ物を買っていました。
「2匹とも、待ちくたびれて帰ったわ。お腹を空かせた子どもたちが、家で待っているそうよ」
「そっか」
キジムナは、あおむけになって、ぼんやり天井を見つめました。キジムナの家はガジュマルの木でできていて、天井には葉っぱが生い茂っています。
「家族がいるって、どんな感じなんだろ?」

キジムナのつぶやきを聞いて、アメ幽霊はとまどいました。
「キジムナには家族はいないの?」
キジムナはゴロンとうつ伏せになって、アメ幽霊の方に顔を向けました。

「うん、いない。ぼくはさ、もともとガジュマルの木だったんだ。長い間、同じ場所で生きてきたけど、ぼくはずっと自由に動き回りたいと思っていたんだ。そしたらある日、今の姿に変わっていたんだ」
「そうだったの」
「でもさ。今まで、ぼくと同じようなやつには会ったことがないんだ。もしも、ぼくみたいなやつがいたら、話をしたり遊びたいなと思っているんだけど……」

アメ幽霊は顎に手をあてました。
「考えてみれば、自分とよく似た存在って、大事かもしれないわね。子どもは、同じ年頃の子どもと遊びたがるものだし。そういう人と会うと、何も言わなくても、気持ちが通じることがあるわ。いっしょに遊んだり、悩みを相談したり、たまにケンカもするけど、生きていくうえで必要な存在かもしれないわね。まあ、わたしはもう死んでいるけど……」

「そういうやつがいたら会ってみたいなー。ぼくは友だちになりたいんだ」
アメ幽霊は、にっこりほほ笑みました。
「きっと、どこかにいるわよ。だって、この島は大きいんだもの」

すると、
「ふむ!もしかしたら……!」
ソテツのスーティーチャーが突然大声を出したので、キジムナとアメ幽霊はびっくりして目を白黒させました。

「先生、何かわかったの!?」
キジムナはスーティーチャーのそばに近寄りました。
「この婆さんは、もしかしたら竜宮に行っていたのかもしれないぞ」

「りゅうぐう!?」
キジムナは驚きました。
「竜宮って海の底にあるとかいう……?」

「そのとおりじゃ。竜宮は竜王や乙姫が住んでいるという海にある宮殿じゃ。ニライカナイとも関わりがあるそうじゃ」
「ニライカナイ?」

「ふむ。ニライカナイとはな、海のかなたにあって神々が暮らすという場所じゃ。ニライカナイも竜宮も謎に秘められて分からないことだらけじゃ。わしが思うに、婆さんは竜宮で海のものばかり食べて、貝やフジツボがついたのかもしれん」

キジムナが目を輝かせました。
「じゃあ、婆さんは竜宮に帰したらいいんだね」
しかしスーティーチャーは首を横にふりました。
「いや。わしには竜宮がどこにあるのかわからん」

キジムナは肩を落とします。
「じゃあ、どうしたらいいのかな?婆さんを放っておくわけにもいかないし……」
スーティーチャーは、はたと顔をあげました。
「そうじゃ、ムムトゥよ。おぬし、人間の村に行って探ってきてはどうじゃ?婆さんのことを知っている人間がいるかもしれない」

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