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第一章 海から流れてきたお婆さん②(球妖外伝 キジムナ物語)


海からあがったキジムナが、真っ青な顔をしていたので、森のみんなはおどろきました。
「それは人間か?」
キジムナが海から引きあげたものを、森の住人たちはのぞきこみました。

それは白い着物をきたお婆さんでした。オオコウモリのカーブヤーが顔をのぞきこむと、お婆さんはパチリと目を開けました。
「あっ!生きているぞ!」
「ほんとうか!?」
みんなは力を合わせて、お婆さんをキジムナの家まで、えっちらおっちら運びました。

カーブヤーがきぃきぃと金切り声をあげます。
「だれか、人間の世話ができるやつを知らないか?」
みんなは互いに顔を見合わせました。

「わたしに心当りがあるわ!」
小さなジャコウネズミのビーチャが叫びました。
「七つ墓に行って呼んでくるわね!」
そう言って、ジャコウネズミは外へ飛び出しました。

ビーチャ

夜明け前の空は、うっすら明るくなっています。カーブヤーはあくびをしました。
「ふわああ…。眠たくなってきた。キジムナ、おれたちは家に帰るよ」
「うん。おやすみ」
夜に活動するものたちは、ホロホロー森へ帰りました。

ひとり残されたキジムナは、腕を組みながら横たわるお婆さんの顔をじっと見つめています。
「よく見ると変わった婆さんだな……」
明るくなって分かったことですが、お婆さんはずいぶん奇妙な姿をしています。白い髪はぼさぼさで、頭のてっぺんは禿げていて、身体のいたるところに、貝やフジツボがびっしりついていたのです。

「キジムナ! 連れてきたわよ!」
ジャコウネズミのビーチャが家の中に飛び込んできました。
「もう……!わたし、日の光は苦手なんですけど……」
ぶつぶつ言いながら、青白い顔のアメ幽霊が入ってきました。 

アメ幽霊

アメ幽霊が家の中に入ると、ぞーっと鳥肌がたって、空気がひんやりしました。
「こいつは涼しくていいやぁ」
と、キジムナは喜びました。

アメ幽霊は「七つ墓」というお墓にいる女の幽霊です。お腹に赤ちゃんをさずかったのですが、産まれる前にアメ幽霊は死んでしまいました。むかしは、お産で亡くなってしまう人が大勢いました。子どもを産むというのは、命にかかわる大変なことなのです。

アメ幽霊は死んでお墓に入りましたが、なんとお墓の中で、赤ちゃんが産まれました。でもアメ幽霊は死んでいるのでおっぱいが出ません。困り果てたアメ幽霊は、外でアメを買ってきて赤ちゃんを育てました。それからしばらくして、人間たちはお墓の中から、赤ちゃんの泣き声が聞こえるのに気がつきました。そうして赤ちゃんは無事に発見されたのです。

アメ幽霊は、お婆さんの汚れた着物を洗って、体をふいてあげました。じゃこうねずみのビーチャに、無理矢理連れてこられましたが、アメ幽霊はもともと世話好きなのです。でも皮膚にくっついている貝やフジツボは固くて、いくら引っぱっても取れませんでした。最近くっついたものではなく、何年も前にくっついたもののようです。

アメ幽霊に体をふいてもらっているあいだ、お婆さんは座ったまま一言も声を出しませんでした。キジムナがお婆さんに、名前とかどこから来たのか聞いても何も答えません。

キジムナは、お婆さんのために、ぐしちゃん浜へ魚をとりに行きました。

空は明るくなり、あたりは青みがかっています。ホロホロー森ではセミが遠慮がちに鳴き始めました。

「いそがなきゃ」

とキジムナはつぶやきました。どちらかというと、お日様の強すぎる光は苦手でした。キジムナは、ひょいひょいっと海の上を歩きます。そして釣り糸をたらすと、あっという間に魚をたくさん釣りあげて、ビクの中に入れました。

キジムナはビクの魚を見ると、よだれがでてきました。
「ちょっとだけなら、いいかな?」
そうつぶやくと、キジムナは魚の目玉だけ、パクパクと食べてしまいました。キジムナ・ムムトゥは魚の目玉が大好物なのです。

ホロホロー森の家に帰って、キジムナはお婆さんに話しかけました。
「婆さん、魚をとってきたよ。食べる?」
キジムナはお婆さんの目の前で、ビクをひっくり返して魚を出しました。(どの魚も目玉がありませんでしたが)お婆さんは、むさぼるように魚をバリバリ食べ始めました。魚の固いウロコも骨もまるごと!それを見てアメ幽霊はつぶやきました。
「どうやら、ふつうの人間ではなさそうね……」

朝をむかえセミたちがはりきって合唱し始めました。朝陽を全身で浴びようと、ホロホロー森の緑たちは、せいいっぱい背伸びをしてきらきら輝きます。

ぴーちくぱーちく、さえずりながら、おしゃべりな青い鳥がやってきました。オスのイソヒヨドリのスーサーです。イソヒヨドリは、メスは地味な茶色ですが、オスは青色でお腹のところがオレンジ色の派手なかっこうをしています。

スーサー

イソヒヨドリのスーサーはキジムナの家の入口から中をのぞきました。
「おはよう、キジムナ!その変った婆さんは何者かぁ?」
キジムナは答えました。
「海に浮いていたのを連れてきたんだ。何もしゃべらないから、どこのだれだか分からないんだよ」
「そいつは困ったなぁ。そうだ!先生に聞いてみたら?何か知っているかもよぉ」
「それはいいな。スーサー、先生を呼んできてもらえるか?」
「いいけど、わんは泡盛が飲みたいなぁ」

キジムナの頭の上にいた、じゃこうねずみのビーチャが声を荒げました。
「ちょっと、キジムナにお酒をたかるつもり?わたしが呼びに行ってもいいのよ!」
「わかった、わかった。そう怒るなよぉ。ひとっ飛びしてくるさぁ」
イヨヒヨドリは、さえずりながら飛びたちました。

ところが、すぐに戻ってきたかと思うと、ピピピとあわてて叫びました。
「大変だよぉ、キジムナ!先生を助けてあげてぇ!」

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