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第二章 ウエグスクのサメドン①(球妖外伝 キジムナ物語)

キジムナ・ムムトゥが住むホロホロー森を出て、西の方へしばらく行くと、ウエグスクという人間の村があります。ウエグスクの北には当山という森があり、冬の北風から村を守っていました。当山の南には、のどかな田畑と、かやぶき屋根の家々があります。

ウエグスク

村の家の周囲は、台風の強い風を防ぐための木や生垣で囲まれています。家の門の入り口は南にあり、門から中に入ると、「ひんぷん」と呼ばれる壁があります。「ひんぷん」は風よけや目かくしのほかに、悪いものが家に入らないようにするおまじないの意味もあります。昔の沖縄では、家の方角とか間どりとか、風水と呼ばれる考え方を大事にしていました。

ウエグスクにはクカキ・サメドンという男が暮らしていました。身体が大きく力持ちで優しかったので、村人たちからしたわれていました。サメドンは奥さんと二人で暮らしていました。

サメドンには悩みがありました。昼間の畑仕事が終わって、休んでいたサメドンは、うす暗い家の中で自分の手をじっと見つめていました。

クカキ・サメドン

家の主屋とよばれる建物のとなりには、もう一つ建物があり、台所として使われていました。台所のかまどで食事をつくっていたサメドンの奥さんが、主屋の中をのぞきました。
「あなた、どうかしたの?」

「……。ああ、自分の手を見ていたんだ。また皮膚が固くなっている。もう指先まで広がっているよ……」
奥さんは心配そうな顔をしました。
「そうなの……」
「ほら、見ていてごらん」
サメドンは持っていた小刀で、自分の手の平をすぱっと切りました。

「あなた!何をするの!」
おどろいて奥さんが大声を出すと、サメドンは自分の手の平を、奥さんのほうへ向けました。しかし手には傷ひとつ、ついていません。
「おれの固くなった皮膚は、刀で切っても針で刺しても傷つかない。このままだと、おれは全身がよろいのような皮膚におおわれそうだよ。そうなったら、おれはもう人間ではなくなる気がする」

「変なこと言わないで。あなたは人間よ。ユタのお婆さんに、また拝んでもらいましょうよ?」

「いや、もういいよ。何度やっても無駄だった」
サメドンは深いため息をつきました。

数年前から、サメドンの背中の皮膚の一部が、固くなり始めました。それはじょじょに全身に広がっていき、うすい灰色に変化しました。

サメドンは悩んで、医者にみせたり、ユタという拝みをするお婆さんにお祈りをしてもらっりしましたが、治りません。それどころか近ごろでは、背中に魚のヒレのようなコブができていました。

サメドンは自分の体が少しずつ変わっていくのが不安で、いらいらすることがありました。しかし、もともと心優しいサメドンは、奥さんにいらだちをぶつけたくありません。

「海へ行ってくる」
夜になると、気を紛らわせるために、サメドンはひとり、海に釣りへ出かけるのでした。
 
ウエグスクの当山には、樹齢何百年にもなる古くて大きな桑の木がありました。夜、桑の大木の前に、木をじっと見つめる赤い髪の子どもが立っていました。

桑の大木

「ずいぶん古くて立派な桑の木だよな!」
声をかけられて、キジムナ・ムムトゥは、木の枝にぶらさがって、くるくる回るオオコオモリに気がつきました。

「カーブヤー、そんなところでどうしたんだ?」
「キジムナが人間の村に行ったと聞いたから、おいらも手伝いに来たのさ。キジムナこそ、この桑の木がどうかしたのか?」
「うん。ここにいる間、住まわせてもらおうかと思ってさ」
「そいつはいいな。大きな木だから寝心地がよさそうだ。おいらもいっしょに泊めてくれよ」
「もちろん、いいよ」

キジムナとカーブヤーは桑の木を登って、てっぺん近くの枝に立ちました。木の上は眺めがよく、ウエグスク集落の全体を見わたすことができます。
「キジムナは、あのお婆さんのことを調べるために、この村に来たんだろう?どうするつもりだい?」
キジムナは腕を組みました。
「うーん。直接、人間に聞いてみようと思うよ」

カーブヤーは目を大きく見開きました。
「そんなことをして大丈夫か?人間たちは、おいらたちのことを『マジムン』とよんで毛嫌いしているぞ。ひどい目に合わせられないか?」
「嫌われているかもしれないけどさ……。でもさ、人間の中にも、たまに親切なやつがいるよ。ぼくは、できれば人間と仲良くなりたいんだ」

「キジムナは、お気楽だな。そう上手くいかないと思うぞ。あと、人間にはキジムナの姿が見えないだろう?」
「小さい子どもと感のいい人間には見えるよ。おや?あそこを見てごらん。人間がひとり歩いている」
キジムナが指さした方向には、背を丸めて歩く身体の大きな男がいます。
「竿をもっているから、釣りにでも行くのかな?さっそく話しかけてみよう!」

キジムナは木の枝と髪の毛をつかって、あっという間にお手製の釣り竿をつくりました。そして桑の木からぴょんと飛び降りると、足どり軽く駆けていきました。
「キィッ!幸運を祈るよ!」
オオコオモリのカーブヤーは、ツバサをバサバサッとはためかせました。

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