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1986年~1993年に実施された糸満市内線の路線再編

2023年11月現在、糸満バスターミナルを起終点とする南部支線のうち、糸満市内で完結される糸満市内線は107番・南部循環(真壁)線と108番・南部循環(喜屋武)線の、2路線1ルート(右回り左回りで2路線だが、ルートは同じため1ルート)のみである。

過去を辿ると、1975年3月末時点では6路線6ルートが運行されていたが1986年~1993年の再編で4路線2ルートに、2018年9月末をもって2路線1ルートにまで縮小された。
今回はこの再編のうち、1986年~1993年の再編について整理してみた。


糸満市内のバス路線網を比較

初めに2023年11月現在の糸満市内のバス路線網を示す。青線が糸満市内に起終点があり、市内で完結するバス路線、黄色線が糸満市外を起点または終点とするバス路線である。
糸満市内の起終点地は、糸満バスターミナルと那覇バス糸満営業所の2箇所であるが、うち糸満営業所は那覇バスターミナルを起点とする糸満市外線のみが発着する。

2023年11月現在の糸満市内のバス路線網
OpenStreetMap®を元に作成 ©OpenStreetMap contributors

次が1975年3月末当時$${^1}$$の糸満市内のバス路線網である。路線網だけをみると、あまり変わっていないようにも見えるが、この当時は糸満バスターミナル以外にも、多くの起終点が存在した。

1975年3月末当時の糸満市内のバス路線網
OpenStreetMap®を元に作成 ©OpenStreetMap contributors

1975年3月末当時、1番から88番まで割り振られた系統番号のうち、系統番号82番以降が、糸満バスターミナルを発着する南部支線に割り振られていた$${^1}$$。このうち83番〜88番が糸満市内で完結する、いわゆる糸満市内線であった。

1975年当時の糸満市内線

1977年および1980年当時のバス路線図$${^2}$$$${^,}$$$${^3}$$と照らし合わせて整理してみた。

83番・米須折り返し線

83番・米須折り返し線・・・の前に。
南部支線のうち唯一、糸満市外にまで足を延ばしていたのが、82番・米須線であった。糸満バスターミナルを起点に、波平、米須、具志頭村(現・八重瀬町)を経由して、玉城村(現・南城市玉城)の堀川橋を終点とするバス路線であった。

この路線を糸満市内である米須で折り返した路線が、83番・米須折り返し線である。路線名の米須とは、米須バス停のことではなく、米須地区のことのようであり、米須地区の東端である大度バス停が終点であった。

1975年3月末当時の82番・米須線と83番・米須折返し線の運行ルート
OpenStreetMap®を元に作成 ©OpenStreetMap contributors

なお1964年12月末時点のバス路線一覧$${^4}$$によると、かつては米須バス停から北上したところにある、真壁入口バス停が終点だったようである。
また、ウィキペディアによると、大渡バス停からさらに1つ東に進んだところのバス停である晴明病院前バス停が終点となっている。

旧83:米須折り返し線
運行:琉球バス
1993年2月廃止。糸満バスターミナルと糸満市南部の晴明病院前を結ぶ路線。旧82番(米須線)を延長した現行路線の82番玉泉洞糸満線と大部分が競合していたため廃止された。
 糸満バスターミナル - 名城 - ひめゆりの塔前 - 晴明病院前

「沖縄本島のバス路線」 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ただし、晴明病院前については、年度末ごとのバス路線一覧を辿ってみても、終点としての記述は見当たらなかった。廃止直前時点では、晴明病院前が終点だったのだろうか。

1975年3月末当時の83番・米須折返し線の運行ルート
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84番・真壁線

糸満バスターミナルを起点に、83番・米須折返し線とは違う方向である、大里、新垣を経由して、真壁を終点とするバス路線であった。

1975年3月末当時の84番・真壁線の運行ルート
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85番・摩文仁折返し線

「折返し線」という路線名からもしかしたら察しが付くかもしれないが、前述の83番・米須折返し線と同様に、82番・米須線を糸満市内である摩文仁で折り返した路線であった。ここでの摩文仁とは、摩文仁地区を指していたようで、摩文仁地区内にある健児の塔入口バス停が終点であった。

1975年3月末当時の82番・米須線と85番・摩文仁折返し線の運行ルート
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なおウィキペディアによると、平和祈念堂入口バス停が終点となっている。

旧85:摩文仁線
運行:琉球バス
1993年2月廃止。糸満市中心部と市南部の名城・ひめゆりの塔前・平和祈念堂入口を結ぶ路線。糸満地区の路線再編に伴い、84番 (真壁線)・87番 (喜屋武線)とともに廃止された。早朝と夜の2回のみの運行であった。
 糸満バスターミナル - 名城 - ひめゆりの塔前 - 米須 - 平和祈念堂入口

「沖縄本島のバス路線」 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

平和祈念堂入口は、健児の塔入口バス停から1つ東に進んだところのバス停であるが、年度末ごとのバス路線一覧を辿ってみても平和祈念堂入口が終点という記述は見当たらなかった。83番・米須折り返し線と同様に、廃止直前時点では、平和祈念堂入口が終点だったのだろうか。

1975年3月末当時の85番・摩文仁折返し線の運行ルート
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86番・国吉線

糸満バスターミナルを起点として、大里、真栄里を経由して、再び糸満バスターミナルへ戻ってくる1周路線であり、後述する3回の路線再編を経ても経路が変更されることがなく、2018年9月末まで路線名も変わらず86番・国吉線として運行された。

1975年3月末当時の86番・国吉線の運行ルート
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経路は変更されることが無かったが、1975年当時は右回り、左回り共に運行されていたものが、再編第三弾により左回りだけとなっている(右回りは新設された85番・国吉線に引き継がれた)。

87番・喜屋武線

糸満バスターミナルを起点に、沖縄本島最南端のバス停である喜屋武バス停に向かう路線であった。

1975年3月末当時の87番・喜屋武線の運行ルート
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88番・名城ビーチ線

糸満バスターミナルを起点に、かつて存在した名城ビーチに向かう路線であった。糸満バスターミナルから小波蔵までは、87番・喜屋武線と共通であり、その先の約1.6kmだけがオリジナルの区間であった。

1975年3月末当時の87番・喜屋武線と88番・名城ビーチ線の運行ルート
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南部支線の中では、唯一、後述する第一弾の路線再編前に廃止となっている。詳細は下記の記事も参照いただければと思う。

再編は3回に分けられて実施?

1975年3月末時点$${^1}$$で6路線6ル-ト運行されていた糸満市内線であるが、いずれも超不採算路線だったようで、1986年から1993年にかけて路線再編が実施され、最終的に4路線2ルートに集約された。

1986年4月~1987年3月に再編第一弾

1986年3月末時点のバス路線一覧$${^5}$$と翌1987年3月末時点$${^6}$$のバスと路線一覧を比較すると、107番・南部循環線、108番・南部循環線の2路線が新設されている。よって、再編第一弾は1986年4月~1987年3月に実施されたようである。

107番・南部循環線、108番・南部循環線が新設

新設された107番・南部循環線、108番・南部循環線の2路線は、一部ルートは異なるが、2023年11月現在も運行されている路線である。再編当時に運行されていた83番・米須折返し線、84番・真壁線を合体したようなルートであった。

新設された107番/108番・南部循環線と1987年3月末当時の83番・米須折返し線、84番・真壁線の運行ルート
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なお、この時点では、107番、108番の主な経由地に喜屋武の文字がないことから、喜屋武へは乗り入れていなかったのではないかと思われる。新設された2路線の運行本数はいずれも少なく、それぞれ1日4本のみであり、かつ平日のみの運行であった。

既存路線は全て廃止されずに存続

この再編に伴い既存路線は廃止されていないようで、既存の5路線(88番・名城ビーチ線は先に廃止)に2路線が加わった7路線となり、路線数だけでいうとこの時期が最盛期であった。ただ、区間が重複する83番・米須折返し線、84番・真壁線は、それぞれ下りが1本/日、上りが3~5本/日減便されている。

1990年4月~1993年3月に再編第二弾

1990年3月末時点のバス路線一覧$${^7}$$と1993年3月末時点のバス路線一覧$${^8}$$を比較すると、南部支線の幾つかの路線が廃止され、幾つかの路線名が変わっている。よって、再編第二弾は1990年4月~1993年3月に実施されたようである。

85番・摩文仁折返し線は廃止

85番・摩文仁折返し線は、82番・米須線と全区間で経路が重複していたためか、この時の再編で廃止されている。廃止直前の時点で1日2本のみであった。
なお、82番・米須線は、終点を堀川橋から玉泉洞に延長し、82番・玉泉洞糸満線となっているが、運行本数は再編前後で変わらず1日16本である。

廃止された85番・摩文仁折返し線と新設された82番・玉泉洞糸満線の運行ルート
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83番・米須折返し線、84番・真壁線は統合され循環路線に変更

83番・米須折返し線、84番・真壁線は、先に新設された107番・南部循環線、108番・南部循環線と全区間で経路が重複していたためか、この時の再編で廃止されている。廃止直前の時点で、83番は1日4~6本、84番は1日12~16本であった。

廃止された83番・米須折返し線、84番・真壁線と1993年3月末当時の107番/108番・南部循環線の運行ルート
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一方で、107番・南部循環線、108番・南部循環線はその代替のためか、右回りの107番は1日4本から1日17本に、左回りの108番は1日4本から1日18本に大幅に増便された。なお、この時点でも、2路線の主な経由地に喜屋武の文字は見当たらない。

なお、空いた系統番号83番はその約半年後の1993年11月1日時点で、那覇バスターミナルと玉泉洞を結ぶ玉泉洞線に充てられている一方で、84番は2023年11月時点でも欠番となっている。

86番・国吉線と87番・喜屋武線は存続

この時の再編では、86番・国吉線と87番・喜屋武線は、廃止とならずに存続したようである。
運行本数は、86番は1日6~10本から1日15本になぜか増便され、87番は1日4~6本から1日4本に微減となった。

1993年4月~1993年10月に再編第三弾

1993年3月末時点のバス路線一覧$${^8}$$と1993年11月1日時点のバス路線一覧$${^9}$$を比較すると、1路線が廃止され、1路線が新設されている。よって、再編第三弾は1993年4月~1993年10月に実施されたようである。

85番・国吉線が新設、86番・国吉線は左回りのみに

この時の再編で85番・国吉線が新設されている。また同時に、86番・国吉線は、片方向のみの運行となっており、右回りを85番が、左回りを86番が担うようになった。

1993年11月末当時の85番/86番・国吉線の運行ルート
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87番・喜屋武線が廃止、107番・南部循環線、108番・南部循環線は喜屋武経由に

87番・喜屋武線は一覧から消えていることから、廃止されたようである。一方で、107番・南部循環線、108番・南部循環線の経由地に喜屋武が加わっており、この時に喜屋武経由となったようである。

廃止された87番・喜屋武線と1993年11月末当時の107番/108番・南部循環線の運行ルート
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脚注

  1. 昭和50年度 業務概況(1975年7月 沖縄県陸運事務所発行)p.27~28

  2. 運賃及び粁程表 昭和52年3月14日改定(1977年 沖縄県バス協会発行)

  3. バスルートマップ沖縄(1980年 運輸経済研究センター発行)

  4. 行政監察業務概況 1970年5月(1970年5月 琉球政府総務局行政部発行)p.71

  5. 昭和60年度 業務概況(1986年8月 沖縄総合事務局陸運事務所発行)p.29

  6. 昭和62年度 業務概況(1987年7月 沖縄総合事務局陸運事務所発行)p.29、30

  7. 平成2年度 業務概況(1990年7月 沖縄総合事務局陸運事務所発行)p.28~29

  8. 平成5年度 業務概況(1993年7月 沖縄総合事務局陸運事務所発行)p.28~29

  9. 運賃及び粁程表 平成5年11月1日改定(1993年11月 沖縄県バス協会発行)



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