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No.715 弁当、イイね!

「黒澤明監督の映画『影武者』で大滝秀治さんは侍大将を演じた。乗馬の心得はない。毎日、自分の乗る馬にニンジンを与えては諄々と言い聞かせたという。『おれを落として恥をかくのは、おれじゃない。ご主人を落としたことで、お前が恥をかくんだぞ』◆あの渋くてちょっと甲高い声で馬に語りかけているところをフィルムに収めれば、そのまま映画の一場面になりそうである◆その人が現れるや、愉快な場面は楽しさが増し、恐ろしい場面は不気味さが増した。銀幕に、舞台に、存在感の陰翳を刻み、大滝さんが87歳で死去した。◆『過去の作品を褒められても満足できない。役者は今の仕事でしか価値がないんです』。かつて本紙で語っている。テレビドラマ『うちのホンカン』、舞台『巨匠』、公開中の映画『あなたへ』…一つひとつが〝今〟に込めた全身全霊の結晶だろう◆出来の悪いコラムを書くたびに、大滝さんの声を幻聴として聴いていた時期がある。殺虫剤のCMが流れていた頃である。〈つまらん!お前の話はつまらん!〉あの声に包まれると、ほろ苦い自嘲の記憶でさえもほのかに温かい。」(読売新聞「編集手帳」、2012年10月6日)

今から10年前の記事です。コラムニスト竹内正明さんの筆でしょうか?舌鋒鋭き論客でいながら、人の心のひだを垣間見て優しいまなざしを投げかけることのできるこのコラムニストのファンの一人です。2017年、体調を崩され第一線から退きました。
 
さて、コラムの中の『うちのホンカン』(1975年、昭和50年)は、倉本聰脚本の北海道放送が制作したドラマです。「東芝日曜劇場」(TBS系列)で全国放映されました。北海道の海辺にある平和な町の駐在所を守る警察官(大滝秀治、通称「ホンカン」)には、妻のさち(八千草薫)と一人娘の雪子(仁科明子)がいて、町の人々と家族の平凡で安全な生活を守ることに使命感を抱いて職務に専念します。昔気質で、言いだしたら聞かないお父さんですが、「駐在さん」として家族の在り方や、地元の人々との温かい交流や様々に沸き起こる騒動を、情感豊かに面白おかしく描いた作品です。
 
何回目のシーンだったかは忘れましたが、朝からホンカンは妻と口喧嘩してしまいます。それでも妻から渡された弁当でしたが、昼になってホンカンが弁当を開けてみると、海苔で「バカ」と書いてあります。こめかみに血管を浮かせたホンカンは、「バカとはなんだ、バカとは!」と言って、その文字が見えなくなるように弁当を持ち上げ机の上に叩きつけました。すると持ち上げた弁当箱の底にも「バカ」と書いてありました…。もう唸りました。

それを見つけた時のホンカンの顔、そんな面白い仕掛けがあったかと大笑いしながらもいたく感心してしまったことを今も思い出してしまうのです。同じシーンに腹を抱えられた方はいらっしゃいませんか?大滝秀治は、このとき既に50歳でしたが、脚本家の倉本聡は、まだ40歳だったそうです。

私は、弁当に海苔で「バカ」とけなされたことも「エライ」と褒められたこともありませんが、やはり、弁当は作り手であるお母さん(お父さん、お婆ちゃん)から愛する旦那さんや奥さんや子供たちにあてた「食べるラブレター」なのかもしれません。味わいという雄弁な言葉が、食べる人の心にも体にも効いてきます。栄養のバランスの取れた給食も温かいメッセージが込められていると思いますが、弁当もイイね!
 
「弁当に玉子焼あり水温む」
 池田秀水(1933~ )

※画像は、クリエイター・ma_ko8さんの、タイトル「お弁当記録♩」をかたじけなくしました。おいしそうな卵焼きですね。お礼申します。