No.1289 ツルの一声
「重陽の節句」を2日後に控えた16年前の夕方のこと、田舎の母から電話がありました。
「新鮮な魚が手に入ったから、夕飯を食べに帰っちょいで!」
私の住む大分市から母が一人で住む杵築市山香町の実家まで40km、車で1時間かかります。それでも、新鮮な魚を食べさせてやりたいと思う親心から電話をくれたのでしょう。母子家庭でありながら、大学までやってくれた母の一言は、私にとって「鶴の一声」なので、カミさんと共に、車をすっ飛ばして帰りました。
さて、なぜ「鶴の一声」というのでしょう?「鶴の一声」とはどんな声なのでしょうか?鶴は滅多に鳴かないので、その貴重さからも「鶴の一声」という諺の意味があるらしいのですが、鳴き声は甲高く、遠くまで響き渡るほどに通りやすく大きい音を出すそうです。
ラッパのように共鳴する高音で、周囲数百メートルに響き渡る非常に大きな鳴き声(「ケーン」と鳴くとか?)を発するといいます。それは、湿原などでさえずっていた野鳥たちが一斉にシーンと静まり返るくらいの圧倒的な声だそうです。そんなところから、権威ある人物の一言で、ものごとが一気に鎮まる比喩に使われるようになったのだとか。
ところで「鶴は千年、亀は万年」とかいいますが、実際は、どれくらいの寿命でしょう?私が毎日note訪問させていただいている翆野大地さんから
「ツルの自然下の寿命をある人は20〜30年とし、飼育下では最高60年とされています。厳しい自然下より、手厚く飼育され、バランスの摂れた食事。人間も同じですネ」
と教えて頂きました。「鶴は千年」は、かなり大袈裟な表現ではないかと思われますが、それでも大きい鳥の寿命は、やはり他の鳥たちに比べれば長いと言えるのでしょう。
この「鶴は千年」という言葉は、中国の漢の時代(紀元前140年頃?)の書物『淮南子』(えなんじ)の説林訓に書かれた
「鶴寿千歳、以極其游、蜉蝣朝生暮死、尽其楽」
「鶴の寿(とし)は千歳、以て其の游(ゆう)を極め、蜉蝣(ふゆう)は朝(あした)に生じて暮に死すとも、其の楽しみを尽くす。」
(鶴の寿命は千年だが、それだけ長生きして生きる歓びを極める。蜉蝣(かげろう)は朝に生まれ日暮には死ぬが、生きる楽しみを尽くしている。)
という一説から生まれたとされています。今から2150年以上も前に生まれた言葉です。
8世紀後半に成立した『万葉集』に「たづ(鶴)」の用例は46首あるそうです。そのうち「鶴」の文字を使っているのは21首で、残りは「多豆」「多頭」「多津」「多都」などの文字が使われています。なお、「たづ」には、コウノトリやハクチョウなどの水鳥も含まれていたといいます。
その『万葉集』巻第6・919番は、山部赤人の長歌に添えられた反歌のうちの一首です。
「若浦尓 塩満来者 滷乎無美 葦邊乎指天 多頭鳴渡」
「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」
(和歌の浦に潮が満ちて来ると干潟が覆われて無くなるので、鶴たちが葦のほとりを目ざして鳴きながら飛んで行くことだよ。)
「多頭」の飛んで行く姿や鳴き声を映像でも見るように詠んだ1首に「ほ」の字です。
我々が子どもの時代に、恐いものと言ったら、
「地震、雷、火事、親父(オトン)」
がその代名詞でしたが、私の大人になってからの恐いものと言ったら、
「地震、雷、火事、御袋(オカン)」
でした。
今年は、父が逝って50年目、母が逝って11年目です。オトンもオカンもオランようになりました。本気で叱ってくれる人を失ったことが、一番の悲しみであり淋しさです。
※画像は、クリエイター・みおいち@着物で日本語教師のワーママさんの「鶴の文様の帯」の1葉です。精彩で躍動感ある織物に心奪われます。お礼を申し上げます。