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No.530 新聞連載小説「はるか、ブレーメン」200話

小説とは、作家の自由な発想で社会や人間を描き出す散文体の作品でしょうが、現代作家の漫画作品の中にも、人間とは何かを追求する意欲作がいくつもあります。
 
例えば、2001年に映画化もされましたが、佐藤マコトの漫画「サトラレ」(2002年には「木曜ドラマ」としてテレビドラマ化)では、自分の考えが意思に関係なく周囲の人に伝わり「悟られ」てしまう「先天性R型脳梁変性症」(架空の病名)という症状を取り上げました。しかも、サトラレは、国家に有益の人材ですが、本人に告知すれば全ての思考を周囲に知られる苦痛から精神崩壊を招いてしまうという厄介な設定となっています。人間だからこそ、こんな荒唐無稽な話も成立するのでしょうか。
 
また、2021年の土曜ナイトドラマ「モコミ(萌子美)ちゃん」は、「聞き耳頭巾ちゃん」のように石や植物やぬいぐるみなどの気持ちが読み取れるという繊細極まる感覚の持ち主です。やがて、彼女は樹木医を目指すという漫画作品でした。どちらも、人間の可能性を追求した優れた内容の話です。
 
2021年10月24日から大分合同新聞で始まった重松清さんの連載小説「はるか、ブレーメン」が、4日前に200話目に達しました。重松さんの作家デビューは、1991年8月だそうで、2021年に30周年を迎えました。その区切りの年に取りかかる長編小説は、「新たな始まり」のものにしたいという意欲作で、それが「はるか、ブレーメン」なのです。国内の幾つかの地方新聞にも同時期の連載をしているようです。
 
主人公の小川遥香(16歳、高校2年生)は、幼くして両親に捨てられ、実の育ての親となった祖母にも死に別れ、たった一人で山口県周防市に住んでいます。祖母の四十九日の法要が済んだその日、ブレーメン・トラベラーズ社の葛城圭一郎から1通の手紙が舞い込みます。この家の前の住人であった村松さん親子に懐かしい家を見せてあげ、数日間逗留させてほしいという依頼でした。ブレーメン・トラベラーズとは、公認の旅行会社ではなく、人生の終わりを迎えるにあたって、依頼者から走馬灯に書き漏らしたものがないか、走馬灯からかき消したいものはないか等々、思い出の人生を案内して辿りながら走馬灯をレイアウトして行くという魔訶不思議な走馬灯絵師が添乗する私設旅行会社なのです。
 
人々の人生の走馬灯を読み取り、描き直すことさえ可能な選ばれし絵師たちと村松親子を介して知遇を得ることになった主人公遥香の、高校2年生の女学生と言う設定ながら、今年59歳になる小説家・重松清が、今どきの女子高生の心理や感情を巧みに描きながら、若者言葉で相応しい表現するあたり、この作家の独壇場の作品であるように思われます。
 
不倫を働いた村松光子(母親)とその相手の男性との関係が明かされたり、人生の深い部分を探り当てるようなブレーメン社の社長・葛城圭一郎の父の登場とその哲学的名言、めっぽう明るく「大仏さん」の異名をとるベテラン女性社員の小泉さんの存在感あるやりとりほか、場面が大きく展開し、脇役で親友のナンユウ君(北嶋裕生)のいい仕事ぶりにも助けられながら、遥香自身の洞察力も次第に増してきたように思います。
 
いずれ、遥香も葛城親子や大仏さんのように走馬灯の絵師として、ブレーメン社の一員になるのだろうか?ひょっとしたら遥香を捨てた母親に再会し、その走馬灯を見る事になってしまうのだろうか?親友のナンユウ君も同業者になるのだろうか?村松親子は、どんな折り合いを走馬灯につけるのだろうか?毎朝、新聞を開いて一番先にこの小説を読むのが日課です。
 
人生の走馬灯に描くものを探す人々の物語は、16歳の少女をどんなふうに成長させるのかが、最大の関心事です。そして、いつかは走馬灯を脳裏に浮かべることになるのだろう私にとっても、私という人間を考え知る意味で、一つのバイブルのような気持ちで読んでいるのです。