見出し画像

No.988 突き動かしてくれるもの

その手紙は、21世紀が始まった2001年3月下旬に届いた教え子からのものでした。

 お久しぶりです。
 突然の手紙に驚かれたことと思います。私がなぜ、この様な手紙を書こうと思い立ったかというと、家で偶然、学級通信の「たまきはる」「みをつくし」「おらがはる」を発見し、昔を懐かしんだ為です。3年分全て読み返すのに、大変な時間がかかりました。この学級通信には、先生の努力と、私達の高校3年間が凝縮されており、私の宝と言えるものです。先生はまだ毎日書き続けられているのでしょうか。そうであれば、是非続けて頂きたいです。
 私は今春大学を卒業し、4月から新社会人となります。今は実家は大分から元住んでいた岡山に引っ越しており、私も4月2日の入社式までを岡山で過ごしています。その短い間に、偶然発見した学級通信で、先生や高校時代のことを思い返すことができ、本当に良かったです。高校を卒業してからは、大分へは数回しか行くことが出来ず、先生にもお会いできませんでしたが、私は、大分高校生の一員であり、先生や共に学んだ仲間たちがいたことを忘れてはいません。
 社会に出てからは、忙しくなると思いますが、先生が毎日学級通信を書いた努力を見習い、わたしも頑張りたいと思います。
 それでは、さようなら。

2001年(平成13年)4月6日(金)に発行した毎日学級通信「Me・We」(vol.4386)の中に、その手紙を紹介してありました。その主は、4年前に卒業したクラスの教え子です。彼の人となりはもちろんのことですが、私が3年間の間に1度も筆を折らなかったので、このように有り難い手紙を頂けることになったのでしょう。
 
「毎日学級通信を書いた努力を見習い、私も頑張りたい」
という強い気持ちをわざわざ届けてくれたことを、本当に嬉しく思いました。1989年(平成元年)4月に発行を始めた毎日学級新聞は、2014年(平成26年)3月に発行した7,658号が最後となりました。そして、定年退職後もコラムだけは書き続け、2020年(令和2年)11月に1万号(1万本?)を達成しました。
 
その数が、何ほどの意味を成すものでもないと思います。しかし、やめずに続けることで、こんな「一寸の虫」にも「五分の魂」はあったのだなと実感できたことが、嬉しく思われました。
 
今は、noteで得られた知友を「note mate」と勝手に考えながら、時に、寄る年波に押し流されそうになりながら、日々三省することも忘れながら、メイトの皆さんのコラムに叱咤激励されながらの「ながら族」として、何とかやっています。お笑いください。


※画像は、クリエイター・Megu@家庭菜園と刺しゅう好きさんの、作品タイトル「ライオンの配達員さん」の1葉をかたじけなくしました。その説明に、「手紙を配達しているライオンと、受け取っているハリネズミをメインに作成しました。 家と地面の線(刺しゅう)は、写真ACで配布しています。」とありました。ソフトで温かみある作品で、誰からのどんな手紙だろうかと、ゆかしさが増します。お礼申し上げます。