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No.672 この季節、どんな音が聞こえますか?

江戸時代前期の俳諧師宝井其角(本姓、榎本。1661年~1707年)は、芭蕉の門で俳諧を学びましたが、師とは異なり、酒を好み、作風は派手で平明かつ口語調の洒落風を起こしたと言われています。
 
「越後屋に衣裂く音や衣更」(其角)
越後屋は、日本橋駿河町にあった三井呉服店のことだそうです。「現金切り売り」で繁盛したといいます。特に「値札販売」(商品に値札をつけて販売する)という方法は、越後屋が世界初の試みだったとか?さて、芭蕉の門人の向井去来(1651年~1704年)は、この其角の句を痛烈に批判したことが『俳諧問答』(1697年)に記されています。
「かやうの今めかしきものを取り出して発句にすること、もっての外の至りなり。」
去来は、「俳諧に新しい風物を取り入れるとは、けしからん。伝統の中や、何気ない風景の中で、新しいものを見つけることこそ肝要だ。」と言いたかったのでしょうか。
 
其角の句は、職人たちが衣を仕立てる為に布を裂く、この季節ならではの音が絶え間なく聞こえる中に、働く人々の鼓動を感じ取ったものでしょう。「衣替」は夏の季語です。音で江戸一番の呉服店の賑わいを想像させる鮮やかな発想の秀句だと私は思ったのですが、篤実温厚と言われる10歳年上の去来には、お気に召さなかったようです。
 
「砧」(きぬた)は、その昔、まだアイロンがなかった時代に、洗濯した布を生乾きの状態で台に載せて叩いて柔らかくしたり、つやを出したり、皺をのばしたりするための道具です。秋の季語です。今は聞かれなくなってしまいましたが、音に思いを託した歌が心に染みる季節です。
 
「『がんばれ』と口では言わない母だけどトンカツ揚げる音で励ます」(高校1年、木村文香、2004年、第18回「東洋大学現代学生百人一首」)
我がふるさと大分県は「とり天」が有名です。「トンカツ」(勝つ)の代わりに「とり天」(取り点)で子どもたちの受験合格を祈るお母さんの揚げ物の音が聞こえてきそうです。
 
「ワイシャツの胸に抱き寄せられた時煙草の箱のつぶれる音す」(浦川日登美、2007年、第7回「若山牧水青春短歌大賞」)
この若い女性の嗅覚と聴覚の鋭さは、眼前の景でも見ているようにイメージを膨らませてくれます。それは、恋人の強い思いを音で知る幸せの瞬間を切り取ったものでした。若いって、いいな!鋭いな!美しいな!
 
寒くなってきました。そのうちに、霜柱を踏みしだく音に、子どもたちだけでなく、靴や長靴の喜ぶ季節もやってきます。あなたは、今、どんな音が聞こえますか?

※画像は、クリエイターtake_futa(竹風太)@元塾講師さんの、タイトル「📕2021.05.15 竹風太の料理日記😄豚こまの焼肉」をかたじけなくしました。音が飛び出してきます。お礼申します。