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No.1308 ツクヅクヨーシ!

もう、ずいぶん昔の、9月中旬ごろのお話です。
 
学校で試験監督をしていた日のことですが、ツクツクホウシの声が裏手の林から聞こえて来ました。蝉はオスだけがメスを恋うて鳴くのだそうですね。
「恋に焦がれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が 身を焦がす」
という都々逸作者の粋な句もあり、軍配は蛍の方に上がったようです。
 
さて、その監督中に、ふと
「ツクツクホウシは、一度鳴き始めたら何回くらい鳴き続けるんだろう?」
という軽い疑問が脳裏に浮かびました。
 
一体に、ツクツクホウシは、「ツクツクオーシ」で始まり、急に「スットコチーヨ」に変化し、最後は「ジー」で鳴き止むという法則性のようです。
 
その折の調査の結果、「ツクツクオーシ」もしくは「オーシツクツク」は、一度に12回~27回の不規則回数で鳴き続けられ、一定をみないことが分かりました。また、急変して「スットコチーヨ」と鳴きだしてからは、2~4回程度で決して長鳴きしないことにも気付きました。
 
お国によっても地域によっても、鳴き方や回数まで異なるのだろうなと興味が持たれました。試験監督の机間巡視中、指を折りながらその数を数えておりました。
 
ところで、ツクツクホウシの鳴き方について、以前にも紹介したことがありますが、小説家・梶井基次郎の『城のある町にて』の「ある午後」の中に、実に明快に詳しく書いています。青空文庫からの引用です。

 次つぎ止まるひまなしにつくつく法師が鳴いた。「文法の語尾の変化をやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議に興が乗って来た。「チュクチュクチュク」と始めて「オーシ、チュクチュク」を繰り返す、そのうちにそれが「チュクチュク、オーシ」になったり「オーシ、チュクチュク」にもどったりして、しまいに「スットコチーヨ」「スットコチーヨ」になって「ジー」と鳴きやんでしまう。中途に横から「チュクチュク」とはじめるのが出て来る。するとまた一つのは「スットコチーヨ」を終わって「ジー」に移りかけている。三重四重、五重にも六重にも重なって鳴いている。

梶井基次郎『城のある町にて』より

梶井基次郎は、この文章を今から100年も前の1925年(大正14年)に「青空」(青空社)で発表していました。その鋭い観察眼と言うか、観察耳に驚かされました。
 
ツクツクホウシは「秋」の季語だそうですが、その時を今から楽しみにしています。何と言っても「つくづく良―し!」と褒めてくれる唯一のセミですから。最後の「爺!」だけは、ちと余計かもしれませんが…。

 

※画像は、クリエイター・ばるこさんの「ツクツクホウシ」の1葉をかたじけなくしました。透き通った翅が特徴です。お礼申し上げます。