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No.709 「はや、夜も明けなむ!」

「熱っっっ!」
思わず、容器を取り落としそうになりました。
冷凍ご飯を「チン」して取り出そうと手を伸ばした時、タッパー本体と蓋の隙間から熱い湯気が噴き出し、右の中指先から第一関節にかけて1,5cmほどを斜めに火傷しました。本当にあっという間の出来事でした。心持ちナナメです。
 
その痛みとともに、高校一年生の時の惨事がよみがえりました。当時、我が家の風呂焚き男(火男=ひよっとこ?)は私でした。膝を折り曲げ、火起こし(火吹き棒)で火力を上げ、火ばさみを使って木切れをくべ、火加減を調整します。
 
熱くなった火ばさみを右傍らに置いたのと、私が体勢を崩して、右の掌を地面に突こうとしたのがほぼ同時でした。あろうことか、焼けた火ばさみの上に手のひらを突いてしまったのです。
 
「ジュッ!」と音がして、中指の先から手首根元あたりまで一直線に焼け跡が付きました。もう、右手に心臓が貼りついたようにバクバク鼓動し、ジン・ジン・ジン・ジン痛みました。1週間ほど左手でノートを取りましたが、ミミズが這った跡の方がよほどきれいだと実感しました。凄いよ、ミミズ君!
 
半世紀以上も前の田舎の一軒家の夜の出来事です。救急車を呼んで病院に行くなどという発想もありませんでした。何時間も氷を直接掌に握りしめたまま、寝床唸っていた事だけは覚えています。「ああ、早く朝にならんかなあ!」と思いながら…。
 
『伊勢物語』「芥川」は主人公の男が、夜中に恋しい女性をさらって逃げて行く話です。雨に打たれ雷鳴が轟く中、ようやく荒れ果てた蔵を見つけて女を奥に隠し、自分は戸口で追っ手や夜盗を警戒して寝ずの見張り警固をしながら思うのです。
「はや、夜も明けなむ。」(早く夜が明けてほしい。)
一心に祈るようなあの心境と同じです。

酷い水ぶくれとなった翌日、医院に駆け込み治療してもらいました。
 
あれから50年が経ちました。右手にモノレールのように刻印された傷跡は、名医のお蔭ですっかり治りましたが、私の粗忽さは、まだ治っていないようです。こんな粗忽さを治せる名医はいるのでしょうか? でしょうね?トホホ…。
 
「つかのま触れあひてゐる肩先の火傷のごとき火照りは告げず」
 歌人・倉田千代子(1960年~1995年)

※画像は、クリエイター・みつばちまぁやさんの、タイトル「かまど」をかたじけなくしました。私にも懐かしい竈です。お礼申し上げます。