No.1417 泣き虫王
「王」の字源の一説として、「一」でもって「天・地・人」の「三」を交えて貫通させるのが「王」であると漢和辞書にありました。「天」(神)の声を「地」で受けて「人」(民)に知らしめ、正しく行うのが「王」の務めということなのでしょうか?
「大切な人を守るため、私は王になる――ヨ・ジング主演!
王の影武者となった男の、禁断の愛と数奇な運命の壮大な史劇」
これは、2012年に公開された韓国映画を元に2019年にテレビドラマ化された作品「王になった男」のキャッチフレーズです。
狂気に陥った本物の王イ・ホンと、心優しき道化師だった偽物の王ハソンとが対照的に鮮やかに描かれ、何度涙を誘われたかわかりません。11月6日は、BS日テレで平日の午後5時から再放映されていた、その「王になった男」(全24話)の最終回でした。
主役は、実在の第15代李朝王・光海君(1575年~1641年)を見事に一人二役で演じ切ったヨ・ジングさんです。ドラマでは、心を病んだ若き光海君が都承旨(トスンジ)のイ・ギュ(キム・サンギョン)に国の将来のためにと毒殺されてしまいますが、史実では済州島で66歳の生涯を終えていました。
「王になった男」をほぼ全話を観ましたが、「近年稀にみる名作史劇の誕生」と韓国の視聴者が高く評価したことがうなずける、民思いの身代わり王の、愛と成長の物語でした。
頻繁に王位を取り巻く権力争いが繰り広げられる中、暗殺の恐怖に怯える若き王のイ・ホン(ヨ・ジングの2役)は、先王に縁のある者を容赦なく殺す残虐な暴君であり、側近の都承旨(トスンジ)であるイ・ギュ(キム・サンギョン)に自らを守る策を講じさせます。第1回のその暴君の残忍さは、目を覆いたくなるほどで、狂気に満ちたヨ・ジングさんの迫真の演技力には戦きを感じました。
折しも道化師のハソン(ヨ・ジング)は、妹たちと旅回りの芸で人気を博していましたが、漢陽でイ・ホン王を揶揄する芸を見せ、その場に居合わせた王の側近、都承旨(トスンジ)のイ・ギュは、仮面をとったハソンの姿を見てビックリ仰天。なんと、ハソンはイ・ホン王に瓜二つで、ツインズか?と思わせるほどの顔立ちでした。「こやつだ!」と、都承旨はハソンに暴君の影武者をさせるため、宮廷に連れて来ました。
宮中の陰謀や騒動から「命が危ない!やってられるか!」と、一度は宮廷を逃げ出したハソンですが、庶民がふみにじられる厳しい現実を知り、次第に本当の王になって世界を変えたいと願うようになります。
一方、王妃のソウン(イ・セヨン)は冷徹で無慈悲なイ・ホン王に距離をおいていたのですが、急に優しくなった王(ハソン)に不審と戸惑いを覚えながらも次第に心惹かれていきます。このラブロマンスは、変に誇張されて安易にメロドラマ風にならず、品の良い物語となっており、深みや嗜みや感動がありました。
私は観ていないのですが、映画版では、実在の王・光海君(クァンヘグン)が主人公だったそうです。TV版では、暴君であった光海君の時代を踏まえながら、ハソンという架空の人物を主人公に据え、史実よりもドラマ主体の歴史劇となっています。
王座を巡る権力闘争と、一人の道化師が影武者から真の王へと成長していく壮大な物語なので、一般の我々の及ぶところ無き世界なのですが、下層社会に生きる道化師だった王・ハソンの、人々のためにも涙を流し、愛し、世の中をよくしたいという一途な信念を見るにつけても、神意を具現化する王のように思われ、ついつい応援したくなっていきました。
歴史の波に呑まれ人生を翻弄されながらも、国と民を守るために命がけで立ち向かおうとする涙もろい王のハソンですが、聡明な王妃と、知恵者の都承旨と、誠実なチョ内官(私は、この人が大好き!)、武骨な護衛武官などが折につけ、いい味を出し、いい仕事をします。いつの間にか、影武者として立てられたハソンが、本物の王以上に優れた気品と資質と豊かな人情味のある王として才能を発揮します。
このドラマは、「愛と犠牲と成長の物語」と言われます。実在した第15代・光海君(クァンヘグン)の在位期間中に空白の期間があるという史実とフィクションを交えて、理性を失った暴君の身代わりとなった道化師が、「気付き」と「目覚め」の「キ・メ」こまやかな演出の作品を通して、真の王として雄々しく成長する姿を描いたものだとみました。
「主権在民」を謳いながら「専権在官」「尊権代議士」の多い現実を憂うるばかりですが、そんな中、現れた歴史ドラマ「命を賭して民を守り尊んでくれる王」の姿に、お隣の国の視聴者の心が共にあったのだろうと思います。
24回があっという間に終わってしまいました。「天・地・人」を繋ぐ「王」の存在が、これほど頼もしく思えたドラマは初めてでした。今は、ちょっぴりハソン王ロス、そして、チョ内官ロスです。
※画像は、クリエイター・彩流(さいりゅう)❤️asunaga🦘さんの1葉をかたじけなくしました。その説明、「歴史的建物。アジアらしい建築物です。夜でライトアップも美しく幻想的で厳格な雰囲気を漂わせています。大韓民国のソウル、中和殿です。」に、今まで見た韓国時代劇ドラマを幾つも思いおこしました。お礼を申し上げます。