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No.1011 あなたの趣味は何ですか?

牧野富太郎(1862年~1957年)が主人公の朝ドラ「らんまん」は、最終週でしょうか?
 
先日の「古典講座」の後、受講生の女性が、にこやかな笑顔でコピーを渡してくれました。それは、『牧野富太郎選集 4 随筆草木志』「夏の植物」の8ページ分でした。
 
『随筆草木志』は、今から87年前の1936年(昭和11年)に刊行されました。富太郎74歳の時の初めてのエッセイ集だそうです。
「夏草の時節となった。野も山も見渡す限り緑の被布に覆われた。」
に始まり、息もつかせぬ富太郎節が炸裂します。以下、少し彼の論を紹介すると、
無上の楽園が眼前に展開している。

日本は植物の種類に富んだ世界の一等国である。

なぜ世人は深く植物に趣味を持たないのか。

その趣味を持てば、一生を通じてどれほど幸福か計り知れない。

娯楽として草木に趣味を持ってはどうか。

趣味を持てば植物を愛するようになる。

醜悪なる娯楽より清浄な娯楽である。

天然物の娯楽として高潔なる心情を養われることを世人に勧めたい。
 
こんな調子で、彼の舌鋒は鋭さを増し、随筆と言うよりも講演ともいえる筆致で、勢いよく喋りまくる風情です。なにせ、章段がないので、読みづらさがあります。しかし、読み終えた後、富太郎の深い考え方に心打たれるのではないでしょうか?
以下、少し長い抄出で恐縮ですが、どうか最後までお目通しください。

草木を愛するようになればこれによりて確かに人間の慈愛心を養うことができると信ずる。植物は生物である。生長するものである。これを好くようになればそれが可愛くなる、可愛く思うのはすなわち、慈愛心の発動である。一たび発動すればこれを助長することができる。すなわちついには大慈悲の心を養うことができると思う。人間同士に慈悲慈愛の心ができれば世の中は無事太平である。国平らかに天下治まるのである。大にしては戦争小にしては喧嘩、それは人間同士に慈愛心すなわち、思いやりがないから起こる。思いやりの心を養うに、植物をその道具の一つに使うは最も当を得たものであると信ずる。今日のように人心の危機におもむきつつある時世に、この人間同士の思いやりの心が欲しい。それは確かに危険におもむく人心を繋ぎとめるに助けの一つになると思う。草木に趣味を持たぬという問題は、ただちょっとした問題ではない。されば世をなげき国を憂うる為政者も考えてよい問題の一つである。また教育者は学校で博物の教授を今日のようになおざりに付してはならぬ。教育者はもっと徹底して考えを博物の学科について持っていなければならぬと思う。やりようによっては、博物の科は倫理の科に次ぐたいせつなものとすることができる。植物を楽しむほど他の娯楽にくらべて金の要らぬものはない。ゆえにはなはだ入りやすい。植物に趣味を感ずるようになれば、路傍の雑草でも庭先の雑草でも楽しくなる。それゆえどんな人でも無代でこの楽しみはできる。また植物に趣味があればしたがって山にも行き野にも行くようになる。したがって運動が足り心が楽しみつつ知らずしらず運動をする。新鮮な空気を吸う。心は高尚になり、邪念はもださぬようになる。これほど結構なことはない。(以下、略)

『牧野富太郎選集 4 随筆草木志』(東京美術、1970年刊)「夏の植物」P96 ~P97

植物愛に溢れる牧野富太郎が、植物を趣味にすることの大きなメリットを、それこそ、しら真剣に国民に訴えたエッセイです。そこには、単なる趣味の誘いに終わらず、国民の健康管理にも寄与できる高尚な趣味だということを強調して、心の底から勧めるのです。私は、「が・でん・いん・すい」だとは毫も考えておりません。

読んでいて、1つだけ皆さんと同じように、私も驚いたことがありました。
「えーっ、『雑草』って言っちょるやーん!」
 
「雑草と言う名の草はありません。」が富太郎の名言の一つなので「雑草」の言葉に少し違和感がありました。しかし、我々一般人から見た「雑草」の概念で説明しようとしたのかなと思い直しました。

私には、非常に興味深く、また面白い発想の富太郎の「植物趣味のススメ」でした。コピーをして下さった女性は、そんなことを感じての笑顔だったのだなと気づきました。

「らんまん」の主題歌となった、あいみょんさんの「愛の花」の歌詞に、

♪  空が晴れたら
 逢いに 逢いに来てほしい
 涙は枯れないわ
 明日へと繋がる輪

あいみょん「愛の花」より

とあります。富太郎は「人間と植物を繋げる輪」を作ろうとしていたのだろうと思います。それはまさに、歌詞の「明日へと繋がる輪」となる大きな種を日本人の心に蒔きました。

今年は、牧野富太郎の没後66年目です。あなたの趣味は、何ですか?


※画像は、クリエイター・ポピットさんの、タイトル「【らんまん】倉木さんに伝わるといいな」をかたじけなくしました。今日の私のコラムにピタリとハマりました。お礼申し上げます。