No.755 「烏兔怱怱」に思う
毎年、暮れに開く一冊があります。『十二支物語』(諸橋轍次著、大修館書店、昭和47年12月1日・第14版)がそれです。
出版社の作品紹介に、
「十二支というのは、言うまでもなく子丑寅卯などの十二であるが、本書はその鼠なり牛なり虎なり兎なりについて、これに関する古今の史実や伝説など、くさぐさのことを雑然と書き並べた、縮写版大漢和辞典の月報をとり纒めたものである。」
とあるとおり、十二支に因んだ故事や熟語な成り立ちなどを、漢字研究の第一人者である諸橋轍次氏が、出版社のインタビュアーの質問に答える形でまとめられた本です。
昭和47年(1972年)は、私が大学入学した年でもあり、記念の一冊として購入したのかも知れません。
「来年の干支には、どんな意味やことわざや物語があるのだろう?」
と思って、今も毎年利用し続けている有り難い書物です。読むたびに発見の連続で、恐ろしいまでに博学の著者です。あの『大漢和辞典』(全15巻)の編者です。
今年の干支は「癸卯」(みずのと・う)ですが、「卯年」のページの中に、「烏兔怱怱(うとそうそう)」の言葉を見つけました。
「あっという間に月日が経ってしまうこと。」
の意味だそうです。中国では、古来、太陽の中に3本足のカラス(烏)が住み、月の中にはウサギ(兔)がいると考えられてきたそうです。太陽を「金烏(きんう)」、月を「玉兔(ぎよくと)」と呼び、「烏兔」は「太陽と月」をさすことから、月日や歳月の意味に転じていったようです。思わず、ヘーボタン!です。
諸橋氏は、さらに詳しい説明を加え、文献をもとに説明(P77~P94)していますが、あまりに長いので割愛することとして、ちょっと面白い話だけ紹介します。
「――そうだったのですか。ただお話によると、月の中で兔が搗いているのは薬であって餅ではないようですね。
諸橋 中国では(兔は)薬をつく、日本では餅をつく。どういうわけでしょうか。なんだかそこに、中国人と日本人との性格やら風尚やらのちがいが、うかがえるような気もします。ただ中国でも中秋明月の日には、月餅というお菓子を食べますし、しかもその月餅の包み紙には兔の画をかくのですから、月と餅の関係がまったくみられないわけでもありません。」(P78)
思えば、あの『竹取物語』の中で、月から来た「かぐや姫」が老父母と別れて月に戻る時、帝に「不老不死」の薬を贈るのですが、月のウサギが搗いた薬だったのでしょうか?
今年、古希を迎える私には、「光陰は矢のごとし」であり、「歳月は人を待たず」であり、「月日に関守なし」でありました。「烏兔(兎)怱怱」と同じように歳月の歩みの速さに驚き、たじろぎ、それゆえに恐れ、一方で期待しています。だからこそ、一日をより楽しく、より尊んで生きたいと思う気持ちが強まるのです。
「おもしろきことのなき世を面白く 住みなしものは心なりけり」
(心のありよう次第で、世界は面白くもなるしつまらなくもなるものだ)
は高杉晋作(1839年~1867年)の句だそうです。心がけていたいなと思います。
※画像は、クリエイター・ハタモトさんの、タイトル「2023年 始動。」をかたじけなくしました。お礼申します。