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No.1266 てんで、なっとらん!

私が高校生の時に、某先生から聞いた笑い話です。
「ある人の息子が東京から汽車で帰省しよったち。三重県の津市まで来たんじゃが、所持金がのうなった。そこで、お金の無心をするため親元に電報を打った。
『ツマデキタカネオクレ!』
すると、親からお金じゃなくて電報が届いたんじゃ。
『マダハヤイ!』
どうも、親御さんは『津まで来た』を『妻出来た』と誤解したらしいのう。日本語は、厄介じゃ!」

次に紹介するのは、薄田泣菫『茶話』(青空文庫)にあったお話です。『茶話』は随筆集。明治期の詩人で、コラムニストとしても活動した薄田が1915年~1930年にかけて『大阪毎日新聞』などの新聞や雑誌に連載した、811篇からなる短文集です。

以下の前半は、コンマを打ったばっかりにアメリカ政府が大損したおはなしです。後半は「ああ勘違い!」のお話ですが、これがなかなか良くできています。是非読んでやってください。ちょっぴり笑えます。なるほど、文章に読点は必要ですね!

 「,」(コンマ)の価(あたひ)二百万弗(ドル) 11・28(夕)
 文章を書くものにとつて、句読点ほど疎(おろそ)かに出来ないものはない。合衆国政府は、この句読点一つで二百万弗損をした事がある。
 いつだつたか、同国の政府が、外国産の果樹を成るべくどつさり移植して、かうした果物の供給で、余り外国に金を払ひたくないといふので、外国産の果樹輸入は無税にするといふ海関(かいくあん)税法を拵(こしら)へた事があつた。
 芭蕉実(バナナ)や蜜柑を廉(やす)く食はうといふには、こんな結構な規則は滅多に無かつた。肝腎の法文を印刷する場合に、どう間違つたものか外国産の果樹といふ“Foreign fruit plant”といふ言葉のなかに、句読点(コムマ)が一つ挿(はさ)まつて、“Foreign fruit, plant”となつて、そのまゝ世間に公布せられてしまつた。
 さあ、政府では外国産の果物(フルウト)を無税にしたといふので蜜柑や、葡萄や、レモンやバナナといふやうな果物が、大手を振つてどん/\入つて来た。それと気づいた政府が法文を訂正するまでには、関税の収入がいつもより雑(ざつ)と二百万弗少くなつてゐたさうだ。
 句読点といへば、ある時近松門左衛門の許(とこ)に、かねて昵懇(なじみ)の珠数(じゅず)屋が訪ねて来た。その折門左(もんざ)は鼻先に眼鏡をかけて、自作の浄瑠璃にせつせと句読点を打つてゐた。珠数屋はそれを見ると、急に利いた風な事が言つてみたくなつた。
「何(なん)やと思うたら句読点かいな、そんなもの漢文には要るかも知れへんが、浄瑠璃には要らんこつちや、つまり閑潰(ひまつぶ)しやな。」
 門左はひどく癪(しゃく)に障(さ)へたらしかつたが、その折は唯笑つて済ました。それから二三日過ぎると、珠数屋あてに手紙を一本持たせてやつた。珠数屋は封を切つてみた。手紙は珠数の註文で、なかにこんな文句があつた。
「ふたへにまげてくびにかけるやうなじゆず。」
 珠数屋は「二重に曲げて首に懸けるやうな」とは、随分長い珠数を欲しがるものだと、早速そんなのを一つ拵へて持たせてやつた。すると、門左は註文書(ちゅうもんがき)に違ふと言つて、押し返して来た。
 珠数屋は蟹のやうに真赤になつて、皺くちやな注文書を掴むで門左の許(とこ)に出掛けた。門左はじろりとそれを見て、
「どこにそんな事が書いてあるな、二重に曲げ手首に懸けるやうな、とあるぢやないか。だからさ、浄瑠璃にも句読法が要るといふんだよ。」

       初出:「大阪毎日新聞」 1917(大正6)年1月7日~12月17日
  底本:「完本 茶話 上」」冨山房百科文庫、冨山房 1983(昭和58)年11月25日第1刷発行※本文は1917年(大正6年)11月28日(夕刊)の記事でしょう。

こんな例のネタは、私たちの身近にも尽きません。
「警官は血まみれになって逃げる犯人を追った。」
血まみれなのは、警官?犯人? はて?

「私は彼のように速く走れない。」
彼は、速いの?速くないの? はて?

「この部屋ではきものをぬいでください。」
脱ぐのは、着物?履物? はて?


※画像は、クリエイター・rinさんの、タイトル「数珠玉。」の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。