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【フリー台本】 空を泳ぐ魚(男性2)

割引あり

※メンバー向けの先行配信となっております。メンバー様は一足先に閲覧、ご利用いただけます。
※一般公開は1〜2週間後の予定です。
※台本ご利用の前に必ず利用規約をお読み下さい。

【概要】

あらすじ

大学生の孝成こうせいのもとに突然現れた、十七歳の甥っ子、あおい
甥っ子とはいっても兄の結婚相手の連れ子でまったくの他人。どうやら兄に押し付けられたようだった。
しかたなく始まった同居生活、次第に縮まる二人の距離。
けれど、だんだんと二人の関係はどこかいびつなものになっていった。

※BL作品です。
※暴力、DV表現があります。

情報

声劇台本 二人用
編成   男性2人
上演時間 約40分

※登場人物の性別が保持されていれば、演者の性別は問いません。

<>内はト書き。

登場人物

◆孝成(コウセイ) 男

大学生。良いところのお坊ちゃんで、タワーマンションの上層階で一人暮らしをしている。
基本的には人あたりもよく、穏やかで優しい性格。しかし、病的な癇癪かんしゃく持ちで、発作的に身近な人に暴力を振るってしまうたちがあり、手を焼いた実家から追い出されていた。
自分の癇癪が怖くて人と深くかかわらないようにしている。

◆葵(アオイ) 男

十七歳のフリーター。
実の親や義理の親が離婚、再婚を繰り返すがそのたびにしぶしぶ引き取られては邪魔者扱いをされてきた。
最終的に孝成の兄の子供ということになったが、やはり邪魔者扱いで、孝成に押し付けられる形となった。
好かれやすい、いつも笑顔で明るい性格。に、見えるし、本人もそのつもりでいるが、実際は世渡りのために身につけて身に染み込んだもの。


【本文】


アオイ
  いつもくだらないことでっかかってくるいややつだった。
  でも、本当は優しい君のこと、僕は愛しているし、愛してくれてるって信じてた。
  だから、なんだって受け止められたんだよ。
 
  けどね、優しいはずの君が、僕といるとおかしくなってしまうから。とっても苦しそうだから……。
  ──きっとこれで、よかったんだ。

    <間>

 
コウセイ
 「こんなつもりじゃ、なかったんだけどなぁ」

アオイ
  マンションのベランダで、コウセイはそんなことを言いながら、
  僕がとなりにいることなんておかまいなしに、けむりいた。

アオイ
 「煙草たばこ、やめようよ」

コウセイ
 「最後の一本」
 
アオイ
  当然だ。ベランダには灰皿にも入れずポイ捨てされたがらが、そこかしこに散らばっている。
  吸いすぎだよ。
 
コウセイ
 「お前には伝わってなかったかもしれないけどさぁ。愛してたんだ。この上もなく」

アオイ
 「うん、大丈夫。知ってるつもり」

コウセイ
 「はぁああああ……」

アオイ
  コウセイは大きなため息と一緒にまだ中身の残る煙草の箱をグシャっとにぎつぶす。
  そして、それをベランダから外に落とし、はるか地上へと落ちるさまをながめた。
 
アオイ
 「あーあ……。ポイ捨て」

コウセイ
 「こんなことしたら、お前はおこる?」

アオイ
 「僕が怒るかどうかなんて、気にしたの久しぶりじゃない?」

コウセイ
 「ひろいにいくかな」

 
    <場面転換 マンションの前>

コウセイ
  大学の授業が終わって一人暮らしのマンションに戻り、
  エントランスでオートロックキーを開けようとした時のことだった。
 
アオイ
 「あの、孝成こうせいさん、ですか?」
 
コウセイ
  突然、大きなボストンバッグを抱えた見知らぬ青年に 声をかけられた。 

コウセイ
 「はぁ……そう、ですけど?」

アオイ
 「良かった。僕、ずっと孝成さんを待ってたんです」

コウセイ
 「えっと……君は……」

アオイ
 「孝成さんのおい、ですかね?」

コウセイ
 「はあ? いや、俺に甥とか……しかも、え、高校生……?」

アオイ
 「十七歳です」

コウセイ
 「なおさらですよ。十七歳の甥とかありえないので、人違いじゃないですか?」

アオイ
 「でも、もらってる写真と同じ顔してますし、マンションもここだって教えられましたし……」

コウセイ
 「その写真とか、住所とか、誰に?」

アオイ
 「孝成さんのお兄さんです」

コウセイ
 「……あんのクソ兄貴……。
  わかりました。
  あいつつながりならしょうがないし、とりあえずここで問答もんどうしててもアレなんで、うち 来てください」

アオイ
 「ありがとうございます!」

 
    <場面転換 コウセイの家の中>
 

コウセイ
 「コーヒーでいいですか?」

アオイ
 「あ……ええと……。 はい。それで」

コウセイ
 「で、くわしい話、聞かせてもらえますか?」

アオイ
 「はい。あの、僕、あおいっていいます。一応、孝成さんのお兄さんの息子です」

コウセイ
 「いくつの時の子だよ……。十歳とか? て、んなわけないわな」

アオイ
 「はい。一言でいえば、連れ子ってやつです」

コウセイ
 「兄貴が結婚してるのすら知らなかったわ……」

アオイ
 「正確には結婚はしてないみたいなんですけど。俺の戸籍こせきじょうの母とお兄さんが内縁ないえん関係というか……」

コウセイ
 「何、その微妙な言い方」

アオイ
 「ええっと……僕を産んだ実の母の再婚相手の再婚相手が今の戸籍上の母で、
  その母がお兄さんと不倫ふりんすえに結ばれたようでして……」

コウセイ
 「実の母の再婚相手の……なんだって?? よくわかんないけど、それはもはや他人では……」

アオイ
 「ええ。その通りですね。だから今、ここにいるんでしょうね。
  あ、そういえば、お兄さんから手紙あずかってます」

コウセイ
 「はじめにそれ見せてくれたらよかったのに……。ええっと……

 『俺は生涯しょうがいをともにする運命の女性に出会った。しかし、その女性は悪い男にだまされて、
  血のつながりもない子供を押し付けられて身動きが取れない。
  悲しいかな、俺もお前の知っている通り、立場上、この子供を認知にんちすることは難しい。
  そんな時にお前のことを思い出したというわけだ。そろそろ、人と向き合って……』
  まあこの辺は読まなくていいや。
 『あと、俺のおかげでそのタワマンに住めてるんだから、断る選択肢はないからな。
  じゃあ、まかせたぞ』
  ……って……! あんのクソ野郎!! 任せたって、んな無責任な!」

コウセイ
  と、悪態あくたいをついたところで、ハッと、手紙を音読をしてしまったのは不味まずかったかと思い直す。
  つまり、葵くんにとって両親にあたる人物に厄介払やっかいばらいされたという内容じゃないか。
  葵くんは、ちょっと複雑ふくざつそうな笑顔を見せた。

コウセイ
 「あの……ごめん。なんというか……、大変そうだな……」

アオイ
 「そう。大変なんです。なので、その手紙にある通り、今日からよろしくお願いします」

コウセイ
 「いや……でも、現実問題……。急にそんなこと言われてもな……。俺もまだ大学生だし……」

アオイ
 「行くあてが他にないんです。孝成さんにすがるしか、できないんです。お願いします。
  なんでもしますから、ここに置いてください」

コウセイ
 「うぅーん……。えーっと、じゃあ、とりあえず、今日のところはいてもいいから。
  兄貴にも連絡とってみる」

コウセイ
  その後、兄貴に電話やらメールやらをしてみたけれど、見事にすべて無視された。
  とはいえ、もし無事に連絡が取れたとして。
  じゃあ、気が変わってあの兄貴が葵くんを引き取るのかと考えると、そうは思えない。
  結局コーヒーも飲まず、ソファにも座らず、居心地悪そうに部屋のすみでジッとしている葵くんを見て、
  覚悟を決めるしかないな、と思った。
  この俺が、誰かと上手うまらしていけるのか……わからないけど……。

コウセイ
 「本当に部屋の一部を貸すだけっていうか、何かしてやれるわけじゃないけど……。
  それでよければ、いいよ。うちにいても」

アオイ
 「本当に⁉︎ ありがとうございます!」

コウセイ
 「名前、呼び捨てでいいし、敬語けいごもなしでいいよ。どうせ一緒に住むなら、仲良くしていきたいから」

アオイ
 「うん、わかった! コウセイの言う通りにするね!」

    <間>

アオイ
  誰にも必要とされない人生を送ってきた。
  何回も家族が変わったけれど、一度たりと歓迎かんげいされたことはなかった。
  今回もそうだ。いつだって僕は邪魔者じゃまものにしかならない。
  最終的に僕を押し付けられた先は、現在の叔父おじにあたる人。
  厳密げんみつにはまったく叔父でもなんでもない赤の他人だけれど。
  この人に捨てられてしまったらもう後がない状態で、すこし強引に 居座いすわってしまった。
  だって……自立をするにしても準備期間がいるし、
  あともう少しの間は未成年で自由もきかないんだから、多少強引でも、しょうがないじゃないか。

 
    <間>

 
アオイ
  僕がコウセイの家に転がり込んでから、しばらくの時が経った。

コウセイ
 「そういえばアオイ、全然学校に行くそぶりがないけど、高校は?」

アオイ
 「ああ、僕、高校いってないよ」

コウセイ
 「え、そうなの?」

アオイ
 「そんな勉強できないし、中三の時もちょうど家ん中がゴタゴタしてて、受験しそびれちゃった」

コウセイ
 「それは……えっと……」

アオイ
 「かわりに、フリーターしてるよ。出かけてるときは大体バイト」

コウセイ
 「そうだったんだ。」

アオイ
 「だから、金銭面では迷惑かけないようにするからね。もうすぐ給料日だから、ちゃんと生活費も払う」

コウセイ
 「別にいらないよ。お金の心配はないし」

アオイ
 「僕の気持ちの問題、かな。 あ、えらそうに言っといて、ちょっとしか出せないけど……」

コウセイ
 「わかった。それでアオイがここに住みやすいならそうしようか」

アオイ
 「うん。そうして欲しいな。
  ──けど確かに、タワマンの上層階に住んでるんだからお金に困ってはなさそうだよね」

コウセイ
 「兄貴に家のこととか、俺のこととか、聞いてないの?」

アオイ
 「なんにも?」

コウセイ
 「まあ、一言で言うと、良いところの坊ちゃんなんだよ。色々あって家追い出されてここにいるけど。
  お金だけはしっかりもらってる」

アオイ
 「へぇ……。厄介者やっかいもの同士、ここにつめこまれちゃったってことか」

コウセイ
 「ははは。そうなっちゃうなぁ」
 
アオイ
  はじめは当然、コウセイにも歓迎はされていなかったけれど、一緒に住んでいるうちに、
  だんだん友達とルームシェアをしているという距離感にはなってきたように思う。
  歳が近いこともさいわいしたのかもしれない。

   <間>

コウセイ
  アオイがうちにころがりこんできてから、しばらくたつ。
  アオイだってバイトが忙しいだろうに、俺が大学から帰ると家事はしっかりとやってあって、
  夕飯の支度したくまでしていたりする。
  いつでも明るくて、苦労人だろうにそんなそぶりは見せなくて、俺にもすごくなついてくれていた。
  それぞれが自室で過ごすよりも、二人でリビングにいることが増えた。
  お互いがその日あった出来事や他愛たあいのない話したり、一緒に映画を見たりなんかしている時間は、
  とても安らいだ。アオイが孤独を埋めてくれる気がした。
コウセイ
  まるで可愛い弟ができたみたいだ、なんて思っていたのはつかで、
  アオイを可愛く感じる気持ちが恋であると錯覚さっかくするまでに、時間はかからなかった。
  ──相手は男だというのに。
 

   <間>

コウセイ
 「生活には、慣れてきた?」

アオイ
 「うん。コウセイのおかげで、すごく居心地がいい」

コウセイ
 「仕事は、どう?」

アオイ
 「前から働いてるところだし、問題ないよ。むしろ、近くなって出勤が楽になったくらい」

アオイ
  コウセイと一緒にいるのは、本当に居心地がよかった。
  必要以上には干渉かんしょうしてこないけど冷たいわけではないし、
  家に置いてくれている対価にと思って家事をすると、ちゃんとお礼も言ってくれるし。
  他にも居心地がいいと感じる理由は色々と思いつく。
  僕の話を聞いてくれるとか、趣味や話題が合うとか、並べ立てればキリがなくなっちゃうけれど。
  タバコだけはちょっと苦手かな? でもそれも、僕に気をつかってベランダで吸ってくれてる。
  こんなに誰かに優しくしてもらったり、存在を受け入れてもらえたのって、
  初めてなんじゃないかなって思う。
  だから、コウセイをしたう気持ちが恋であると錯覚するまでに、時間はかからなかった。
  ──相手は男だというのに……

アオイ
 「僕、これからもずっとコウセイと一緒にいたいな」

コウセイ
 「もちろん、いつまでだって、ずっと居ていいよ」

アオイ
 「そうなんだけど……そうじゃ、なくてさ……」

アオイ
  次の言葉が喉から出ない。僕のこの気持ちは、言葉で伝わるものなんだろうか

    <アオイ、コウセイにキス>

コウセイ
  突然のことに、何が起こったのかと思った。
  俺と、アオイのくちびるが かさなった。

コウセイ
 「え……」

アオイ
 「ご、ごめん! でも、気づいてたでしょ? 僕、隠せてなかったと思うし‼︎ 
  今のキスが気持ち悪かったなら、あきらめるし、出ていくし! でも、もしも可能性があるなら……!
  僕のこと、恋人候補として意識してくれたらうれしいっていうか……えっと……」

コウセイ
  最後は顔を真っ赤にして もごもごと言いよどんでしまったアオイを、俺は抱きしめた。

コウセイ
 「すっげー嬉しい! こんなことってある? 俺も、同じ気持ちだったんだ」

アオイ
 「同じ気持ち……って……うそ、本当に? 夢みたい! えっと……じゃあ……!」

コウセイ
  ──けど、本当に、こんなことってある? ……のか?
  なんだか、俺にとってできすぎた話じゃないか? 男同士で、こんなに簡単に両想いに……なんて。
  これは。アオイのそれは、本心からの行動なのだろうか。
  ここを追い出されたら行くあてがないから、その一心で嫌われないようにっているのではないか、
  俺の好意すら感じ取って、それを利用して……恋人になれば追い出されないと思って。
  ……いやいや。さすがにそれは 考えすぎ、だよな。

アオイ
 「これからは恋人として接していいんだよね? ずっと一緒にいていいんだよね?」

コウセイ
 「……ああ。うん、もちろん。俺も本当はずっと、こうやってお前のこと、抱きしめたかった」

コウセイ
 心から嬉しそうなアオイの笑顔に、声色こわいろに、嘘があるとは思えない。
 もう、誰かと深い関係になるなんて無理だと思っていたけれど、もしかしたら。アオイとなら。

    <間>

アオイ
  コウセイと付き合いはじめて、僕はしあわせだった。
  僕が転がり込んだことで始まった同居は、恋人同士の甘い同棲どうせい生活になった。
  コウセイは今までよりもずっと僕のことを甘やかしてくれた。僕は自分にできる精一杯の愛情を返した。
  そうやってお互いに、なくてはならない存在になっていっていたと思う。

  でも……いつからなのか、原因はなんだったのか。
  もう、それがはじまった時のことはまったく思い出せない。
  きっと、思い出せないくらいくだらないことだったし、はじめは大した事ではないと思っていた。
  ──コウセイは、だんだんとおかしくなっていったんだ。

    <コウセイがアオイに暴力を振るっている>

アオイ
 「ごめん、ごめん……! ──ごめんっ……なさい!」

アオイ
  僕は、コウセイになぐられていた。られていた。もう、これは日常の一部になっていた。
  だんだんと、コウセイの怒りの沸点ふってんは低くなったし、暴力もエスカレートしていっていた。

コウセイ
 「そんなアザの残った顔で外出そとでたわけ? バイトにも? ありえねぇだろ!」

アオイ
 「階段で、こけたって、言ったし……、誰も、コウセイのこと、悪く、言ってないよ!」

コウセイ
 「どうだかな? お前、バイトの友達とやらに俺のこと話してたしなぁ?」

アオイ
 「あの時だけだよ! もう、相談したりとかそういうの、全然してないし、仕事終わったら、
  まっすぐ帰ってるし!」

アオイ
 コウセイは、しゃがみ込んで僕と目線を合わせたかと思うと、火のついたタバコを、僕のうでに押し付けた。

アオイ
 「うあ、あぁあああ!」

コウセイ
 「もう、お前、働くなよ。外に出るな。ずっと家ん中にいろよ」

アオイ
 「で……でも……職場に迷惑かけるし……お金も……」

コウセイ
 「どうせ中卒のバイトだろ? お前がいなくなって回らなくなる仕事なんてねぇよ。
  金も、お前からすこーしもらわなかったからって、俺もなーんも困んねぇよ」

アオイ
 「でも……!」

   <コウセイ、立ち上がって、アオイに蹴りを入れる>

アオイ
 「うっ……ぐぅっ……!」

コウセイ
 「ほら、電話。もうかけてるから。今、辞めるって言えよ。俺の目の前で。
  バイトやめれば俺がイラつく原因が減るよ?」

アオイ
  「言う通りにするっ! だからっ……! 蹴るのやめて! 電話、できないよ」

コウセイ
  アオイを殴っている時は、まるで自分が、自分ではないように感じた。
  本当の自分は天井てんじょうあたりから、俺に殴られ、蹴られてうずくまっているアオイを、
  なすすべもなく眺めている感覚だった。
  違う。殴りたいんじゃない。痛い思いをさせたいんじゃない。怖がらせたいわけじゃない。
  ただ、わかって欲しかっただけで、俺の言葉を聞いてくれていないように感じただけで。
  離れて行くのが怖くて、つなめていたくて、俺だけを見て欲しくて。
  アオイはなんにも悪くなくて、ただ、ただ、俺の中だけの問題なんだ。

    <間>

コウセイ
  気がすむまでアオイを殴って、少し冷静になると、
  今度はものすごい罪悪感ざいあくかんと、きそうなほどの不安がおそってきた。

コウセイ
 「ごめん。アオイ。ごめん、ごめん。俺、また、カッとなっちゃって……」

アオイ
 「うん……」

コウセイ
  やさしく抱きしめようと伸ばした俺の手を、アオイは恐怖に満ちた表情でけようとした。
  怖がられて当然なのに……彼はすぐに思い直したように笑顔をつくって、逆に俺を優しく抱き寄せた。
  調子づくから、こんな俺に、優しくなんてしなくていいのに。笑顔なんて、向けなくてもいいのに。
  ──いや、違うな。
  これは純粋じゅんすいな優しさじゃなくて、きっと保身ほしんだ。冷静になった今は、それがわかる。
  でも俺はそれに甘えて、アオイを抱きしめ返す。

コウセイ
 「ごめん、アオイ。本当にごめん。お願い、嫌いにならないで。アオイのこと、愛してる」

アオイ
 「うん、知ってる。わかってるよ。嫌いにならないよ」

コウセイ
 「痛くしてごめん。もうやらないから。絶対、約束する」

アオイ
 「大丈夫。痛くないよ。女の子みたいにやわくないし。それに僕、魚だから」

コウセイ
 「さかな……?」

アオイ
 「魚だから、痛みなんか感じないの」

コウセイ
 「そんなわけない……」

アオイ
 「それが案外、思い込みってくんだよ」

コウセイ
 「傷つけて、ごめん」

アオイ
 「もう、謝らないでよ……コウセイのこと、ちゃんと好きだよ。愛してる」

コウセイ
 「お願い、信じて。本当に、アオイを 愛してるんだよ」

アオイ
 「大丈夫。信じてる」

アオイ
  くわしいことは聞いてないけれど、コウセイが実家を追い出されたのも、この衝動的しょうどうてきな暴力が原因らしい。
  一人暮らしをして、大学では当たりさわりのない友達しか作らず、人との関わりを減らすことで、
  暴力衝動が顔を出さないようにしていたようだった。

  僕がアザを作って仕事に行けば、『ころんだ』なんて言い訳を信じてくれる人は実際にはいなくて、
  バイト仲間はみんな『そんな恋人とは別れろ』って言う。
  僕も彼のこと、嫌なヤツだって思うことは、正直ある。
  でも、みんなわかってないんだ。
  殴ってくるのはコウセイの短所だけど、それは発作ほっさみたいなもので、
  本心から僕を痛めつけようと思ってるわけじゃない。
  いつもは本当に優しいし、僕のことを愛してくれている。
  そんな優しいコウセイを、怒らせてしまう僕が悪いんだ。
  誰に何を言われたって、コウセイと別れたいなんて思わない。

  けど……。コウセイのためには、少し距離を置いても、いいのかもしれない。
  あんなに苦しそうなコウセイは、もう見たくないから。

    <間 場面転換 ベランダ> 

コウセイ
  “あの日”から、どれくらいっただろうか。
  あれからアオイは、ずっとうちにいる。
 
コウセイ
 「こんなつもりじゃ、なかったんだけどなぁ」

コウセイ
  空っぽになった胸の中を何かでめてしまいたくて、味のしない煙草たばこをベランダで延々えんえんと吸っている。

コウセイ
 「最後の一本」

コウセイ
  けむたがって眉根まゆねせるアオイの顔がふと頭に浮かんで、そうつぶやいた。
  そろそろ、煙草にもきしていたところだった。

コウセイ
 「お前には伝わってなかったかもしれないけどさぁ。愛してたんだ。この上もなく」

コウセイ
  愛してたからなんだっていうんだ。愛は何をやってもいい免罪符めんざいふじゃない。
  自分の想いを押し付けて、愛することを強要きょうようして。もう、愛想あいそなんかきていただろうに。

コウセイ
 「はぁああああ……」<ため息>

コウセイ 
  俺は大きなため息と一緒に、まだ中身の残る煙草の箱をグシャっとにぎつぶす。
  そして、それをベランダから外に落とし、はるか地上へと落ちるさまを眺めた。

コウセイ
 「こんなことしたら、お前は怒る?」

 「拾いにいくかな」

コウセイ
  最短距離で。

アオイ
  コウセイはベランダの手すりかべにヒョイと登った。

アオイ
 「まって、コウセイ。何してるの? お願い! 危ないから、そこからりて!
  僕はそんなこと望んでなんかない!」

コウセイ
 「これでゆるしてくれとか、お前の所に行きたいとか、そんなんじゃないんだ。
  ただ、ただ、お前がいない世界では 息ができないんだよ」

アオイ
 「コウセイ! やめてってば!」

アオイ
  コウセイはスッと一歩した。僕はあわてて、コウセイの身体に抱きつく。
  でも、やっぱりそんなことは無意味で……。
  無情むじょうにも、僕のふわふわと空を泳ぐ透明とうめいな身体は、コウセイを通り抜けただけだった。

  こんな結末は、望んでいなかった。
  僕はコウセイの前からいなくなって、でもこうやって実はこっそりそばにいて。
  いつかは僕のことなんか忘れて……。
  ──それで、よかったのに……。

   <間>

コウセイ
  “あの日”。もう取り返しのつかないあの日。
  夜ご飯を一緒に食べて、いつもならこれからソファで二人でくつろごうという時間。
  アオイは、どこか思いめたような顔で俺の前に立った。
  なんとなく、嫌な予感がした。

アオイ
 「ねえ、コウセイ。僕、この家 出ようと思う」

コウセイ
 「は……? なんで……?」

アオイ
 「僕がこの家にいることが、ひょっとしたらコウセイのストレスになってるんじゃないかなって。
  僕たち、ちょっと距離を取ったほうが、これからもいい関係でいられるかもって思ったんだ」

コウセイ
 「それは……別れたいってこと?」

アオイ
 「違うよ! ここに住むのをやめるだけ!」

コウセイ
 「つまり、俺から逃げたいってことだろ?」

アオイ
 「逃げたいわけじゃない。別れるつもりもない。コウセイのこと、ずっと変わらずに大好きだよ。     ──でも、殴られるのだけはきらい」

コウセイ
 「きらい……」

アオイ
 「少し離れて、週の何回か、とか、外で待ち合わせてさ。付き合いはじめの恋人みたいに。
  お金も貯まってきたから、コウセイに迷惑かけずに部屋も借りれると思う。
  保証人にはなってもらわないといけないかもしれないけど……。
  バイトも再開する。でね、そうやってちょっとずつ……」

コウセイ
  アオイは何かずっと必死に言っていたけれど、”嫌い“という言葉の後から、
  俺の頭の中では その単語ばかりがずっとかえひびいていた。

アオイ
 「コウセイ? 聞いてる?」

コウセイ
 「聞いてるよ。嫌いだから、俺から離れたいって」

アオイ
 「全然、聞いてないじゃん!」

コウセイ
 「うるせぇよ! いつから口答えできるようになったんだ⁉︎」

コウセイ
  あぁ、ダメだ。まただ。
  でも、こうなってしまったら、自分をおさえることなんて、出来やしなかった。
  また“自分”が、すっと遠くに行く感覚がする。

  “俺”は、アオイを 殴った。蹴った。

アオイ
 「やめて! おねが……っ 痛っ…… やめっ……!」

コウセイ
 「あれぇ? お前、痛みなんて感じんの? 殴ってる俺の方が痛いんだけど?」

アオイ
 「いた、くない……! でも、やめて!」

コウセイ
 「なんでわかってくれないんだよ! なんで別れるなんて言うんだよ!」

アオイ
 「わかってない……のは、話を聞いて、くれてないのは……コウセイのほう!」

コウセイ
 「だから、口答えしてんじゃねぇよ」

コウセイ
 俺は、アオイの口を手のひらでふさいだ。

アオイ
 「んん!……ぐぅ……うう!」

コウセイ
 「しゃべるな。もう、二度としゃべんなよ」

コウセイ
  もう、力の加減なんてわからなかった。
  とにかく今は、アオイの声を、言葉を、聞きたくなかった。
  次にアオイが口を開いた時、何を言われるかと思うと、
  ついに別れの言葉をかれるのではないかと思うと。

アオイ
 「んんっ……んっ……」

コウセイ
 こわい。こわい。こわい。
 お願い、嫌いだなんて言わないで。俺から離れて行かないで。

コウセイ
  ──そのうち、アオイのバタバタとあばれていた足は抵抗をやめて、
  指のあとがつくほど俺の腕をにぎりしめていた手が、力なくはなれた。

コウセイ
 「わかって、くれた?」

コウセイ
 ……返事がない。動かない。

コウセイ
 「……あれ? アオイ……?」

アオイ
 「────」

コウセイ
 「なあ、おい。気絶してんじゃねぇよ。起きろよ」

アオイ
 「────」

コウセイ
 「アオイ! なんか言えって! 寝たふりすれば終わるとでも思ってんのか⁉︎」

アオイ
 「────」

コウセイ
 「ねぇ、起きる……よね?」

おしまい。


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