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甘い麦茶

高校1年の後半から高2の途中迄、アタイは数学をおじいちゃん先生の自宅へ週に1回だけ学びに通って居た。

おじいちゃん先生の純和風の本当に素敵な邸宅の本に囲まれた和室でアタイは数学を解いていた。

分からなくなると髪の毛を抜く癖のあるアタイに先生は何も言わず、奥様がお茶を持って来て下さり休憩となるのが恒例だった。

その時のお茶がいつも甘い麦茶だった。
ちゃんとヤカンで熱を入れて煮出した麦茶と黒糖の柔らかい舌触りに香りと甘味。
初めて口にした時は驚いたが、疲れた時には嬉しくて、暑い時は冷たく、寒い時は温かく頂ける甘い麦茶は幸せだった。

奥様も先生もお着物を着てらして、品のある優しい奥様には憧れた。
まるで近所に居る吉永小百合さんみたいな方だった。
酷い偏見だがはげちゃぴんで無口な先生には勿体無いと当時は思って居た。

先生の和室に通って1年が経ち、冬休みだったのだろうか。
あの頃の記憶は朧気なので確かでは無いのだが、長期休暇の時期だった。

その期間だけ先生宅近所の男の子と一緒に学ぶ事と成った。
高校受験を前にした追い込みだった。

年末も近い時、ふと休憩時間に2人きりとなり、甘い麦茶の話に成った。
驚いた事に甘い麦茶を飲んでいるのはアタイだけだった。
気まずく成ったアタイはお喋りを止めた。
しかし、彼は何を思ったか、戻って来た先生に何でアタイちゃんだけ甘い麦茶なの?と、聞いた。

いつもは無口だけど穏やかな先生が激昂して奥様に口を起て始め、彼は真っ青な顔して帰って行った。

独り先生達の大声を聞きながら、アタイは悲しくなった。
アタイのせいであの素敵な奥様はこんな小さな嫌がらせをするしか出来なかった事。
アタイが来なければ、毎週奥様はこんな無駄をせずに済んだ事に。

そんな事を考える内に帰りの時間となり、母上が迎えに来てアタイは帰路に着いた。
アタイが先生のお宅に行った最期の日となった。

何となく先生達の口振りで母上の不倫相手が先生だった事には気付いた。
そして大学受験が終わった頃、我家の両親の離婚が本決まりとなった時には父親からネチネチと離婚の原因となった母上の不倫内容を聞かされ、やはり先生がお相手だと知った。

先生は母上の元上司で父親からのDVに悩む母上に先生が優しくしたのが発端だった模様。
父親はアタイが産まれる前からずっと繋がってる人が居るのでどっちもどっちだが、何故かアタイが生まれてこなきゃよかったといたたまれなく成ったのを覚えている。

あれ以来、アタイは麦茶が苦手になった。
入院するとご飯時とか麦茶やほうじ茶が無料で配らるが一切口に出来なくて、入院するとポカリスエットを水の代わりに飲む癖が付いた。

今日、ふと暇で素数を口にして居たら甘い麦茶の事を思い出した次第です。

先生ご夫婦は亡くなられているのですが、あの純和風家屋の縁側から聞こえた木々の風に揺れる音や風鈴の音、雨の日の土の香りや扇風機がこっちに来た瞬間の堪らない心地良さ、嫌がらせなのに超美味しかった甘い麦茶……もう戻れない全ての時を懐かしく思いました。

謝りたい時に謝ったり、お礼を伝えられるって幸せな事だと考えます。

奥様にアタイが謝るのも変な感じだし、謝るのはこちら側の気持ち良さの発散でしか無く、奥様には不快でしかないだろうから心の中で美味しかったですとだけ時々呟いています。

ここまでお読み下さり有難う御座います。
明日から新しい1週間が始まります。
皆様にとって素敵な一日一日で有ります様に祈っております。
感謝を込めて。

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