サンタからのアドバイス(FM91-30)

ほぼ初めて声をかけられた人から、自分のプライベートに触れられる。それも20年少しの期間だが、自分の人生の中でも大きなイベントについて触れられた時、人の表情は固まるということを俺は我が身を持って知った。

「なぜ、それを」

ついでに言葉もなかなか出なくなることを知った。
俺の横に立つ、ついさっきまで優しい花屋のお兄さんだと思っていた人物が急に恐ろしくなった。笑顔でこちらを見つめているが、その表情の奥では何を考えているのか。悪い人ではないだろう、どこか俺で遊んでいるような、おちょくっているような顔をしている。

「君のことは前から気にはなっていたんだよ。妙に店の前をちょこまかしていたし」

前から見られていた。この店の前というよりも、その向かいにある彼女のバイト先の前をいたのは事実だ。

「あんな自然派化粧品の店、なかなか男は近寄らないし。そんな中で背の高い顔の整った男がいたら少なからず気になるよな。俺だけじゃなくて、この店のスタッフにも目撃されていたよ、バッチリと」

笑いながら、花屋の店長は俺の肩を叩いた。この肩たたきには、どんな意味が込められているのか。俺は完全に彼に遊ばれていた。ただ、彼女ができたことと店前の徘徊は直接関係ない。

「でも、なんで彼女ができたってことがそこから分かるんですか?」
「なんでだと思う?」

また悪戯めいた表情で、俺に質問を返してきた。こういう男性がモテるのだろう。なかなか年上の人と話すのが苦手な俺が、自然と会話できている。
しかし、なぜ花屋の店長が俺に彼女ができたことを知ることができたのかは思い付かない。

「いや、ちょっと分かんないです」
「君が彼女と付き合ったことを誰かに言った?」

大学の何人かには、最近付き合いが悪いと迫られ、結果的に言う事になったが、自分からは浮いた話を積極的にはしない。バイト先のメンバーにも信頼できる何人かにしか言っていない。同世代の数人、それから。

「あ、店長!」
「君のとこの店長はなかなか男っぽくていいよね。あんまり雰囲気がカフェっぽくないけど」

また花屋の店長が笑った。笑った顔がとても優しい。男性というより男の子が笑った時のように周りの空気が明るくなる笑顔だ。

「でも、君のとこの店長とはそういう話はした事ないかな。今度ちょっとしてみようか?」
「いいです、そんなわざわざ」
「いいじゃない?なんか面白い発展があるかもよ?シフトの融通効かせてくれるかもだし」

それはいいかもと思ったが、やはりあまり公には広めたくない。二人だけでこの関係を楽しめれば俺には十分だった。

「正解教えてあげよっか」

悔しい。完全に遊ばれた。しかし、もうバイトの出勤時間までそんなに時間が無かった。俺は諦めて答えを聞く事にする。

「教えてください」

花屋の店長がまた笑った。しかし、さっきまでの悪戯めいた表情とはまた違った、とても優しく嬉しそうな笑顔だった。

「君の彼女がお店に来て教えてくれたんだよ。前からよく話しかけてはくれたんだけど、その時はとても嬉しそうな顔だった。優しい彼氏ができました、ってね」

まさか情報源が彼女だったとは。そして、前からこの年上の男性と接点があったことに少し嫉妬した。

「彼女から、ですか。ちょっと意外でした」
「怒ってやるなよ。女の子は嬉しくてそういうの言いたいんだと思うよ。気を使って、大学の子には言わなかったりするんじゃない?そういう子だろ?たぶん」

店長が言うように、彼女ははしゃいでいるようで空気を読むタイプだ。大学でもタイミングをちゃんと呼んで周りに報告するかもしれないが、自分からは進んで言わないのかもしれない。

「俺がちょうど良かったんだと思うよ。適当な話は良くしてたし、彼氏作らないのかなんて話もしてたから。やっとできたボーイフレンドなんだから頑張れよ」

店長が腕時計を軽く覗いた。俺もスマホで時計を確認すると、そろそろ着替えないと間に合わない。

店長がまた俺の肩を叩いた。同じ場所を叩かれたのに、さっきよりも少し強く温かかった。

「またおいで。花をプレゼントできる男はモテるぞ」

接客が入ったのか、店長は軽く俺に向けて手を振ると店の奥の中へ入っていった。

俺は改めてスマホで時間を確認する。少し急がないと間に合わない時間だ。
もう一度彼女の店の方を見てみると、ちょうど彼女が入口近くで接客していた。

人生で初めて女性に花を贈る日も近いかもしれない。
それもクリスマスに。

俺は小走りで更衣室へと向かう。
彼女に匂いが少しだけ鼻をくすぐった気がした。

いただいたサポートは取材や今後の作品のために使いたいと思います。あと、フラペチーノが飲みたいです。