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「話をすること」の大切さ

※無料セミナーで話した内容の原稿です。心理教育などにお使いくださいませ。

今日は、「話をすること」の大切さについて話をしたいと思います。

とりわけ何か困ったことがあったとき、誰かに相談したり、愚痴を聞いてもらったりと、話をすることが大事であるということについては、ほとんどの人が同意してくれると思います。しかし当たり前すぎて、私たちはこのことについて、深く考えることがないのではないでしょうか。

だからちょっと、ここで少し丁寧にそのことについて振り返っていきましょう。きっと相談される側にも、相談される側にとっても、有益なものを見つけることができるでしょう

まずは、普段のカウンセリングで説明しているような、ストレス解消法として話をすることの大切さについて紹介したいと思います。その後、もうちょっと深く話をすることの意味について考えたいと思います。

後半は、具体的な話し方として相談とグチという二つの方法について取り上げます。最後に、どんな相手に話をしたらいいのか、また話の聞き手としてはどんなことについて気をつければいいのか、その注意点についてお伝えしたいと思います。

タイザン5『タコピーの原罪(上)』

コーピングとしての「話をすること」

困りごとを話すことができない人

先程も述べたように、困りごとを話すことはとても大切です。ですが、その一方でなかなか困りごとについて話をすることができない、という人がいます。

そうした人たちに、なぜ困りごとを話せなかったのかということを尋ねると「どうせ話しても解決しない」と思っているから、という返事が決まって返ってきます。

確かに、そうかもしれません。あなたがずっと悩んで抱えてきた問題は、誰かにちょっと話しただけで解決する、そんな簡単な問題ではないのでしょう。第一、そんな簡単に解決したら、困りごとではないですよね。他人にわかってたまるか、そうした気概のようなものすらあるかもしれません。

どうせ話したって何も解決しない。そうかもしれません。しかし、そうだとしても、困りごとを話すこと、そしてそれを聞いてもらうことには、あなたにとってよいことがあります。

問題解決型コーピングと情動焦点型コーピング

心理学では、ストレスの対処法をコーピング(coping)と呼びます。このコーピングの方法は、大きく分けて2つの方法があるとされています。

1つ目は問題解決型コーピングと呼ばれる方法です。これは困りごとを直接なんとかする、解決するものです。もちろんこの方法が使えるに越したことはありません。そもそもの問題が解決するのですから。しかしそうは簡単にいかないことばかりです。そのため、2つ目の方法が必要となります。

それが、情動焦点型コーピングと呼ばれる方法です。これは困りごとがあることで生じた、不安や緊張などの情動を和らげようとするものです。情動焦点型コーピングは直接問題を解決するものではないものの、状況が好転するまでその人が待つことを助けたり、過度のストレス反応から心身を守ったりと、健康を保持する上で重要な方法です。

「どうせ困りごとを話したって解決しない」と考える人は、相談を問題解決型コーピングとしてのみ捉えているのかもしれません。しかし自分の悩みを話すことは、不安や緊張を和らげる情動焦点型コーピングとしてもとても有効なものとなります。

反すう思考

あなたは悩みごとがあるとき、どのようなことを考えていますか?

なんとかその問題を解決しようと、いろいろと「ああしたらどうか」「こうしたらどうか」と考えていませんか?しかしそこで上手く解決策が見つからず、同じことを何度も何度も考えていませんか?同じところで思考がグルグルと回り、そうこうしているうちに、だんだんと気持ちが落ち込んでしまっているのではないでしょうか?

いうならば、それは地下に向かうらせん階段です。同じところをグルグル回っているうちに、どんどん気持ちが下向きに落ちていってしまうのです。

心理学では、こうした状態を反すう思考(抑うつ的反すう)と呼びます。反すう思考が続くと、どんどんと気持ちがネガティブに向かってしまい、すべてを悲観的な見方をするようになってしまいます。

じゃあネガティブなことを考えないようにすればいい、と思うかも知れません。しかし意識的に考えないようにすることはとても難しいことです。

今から1分間「シロクマ」という言葉を絶対に考えないようにしようと試してください。

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追い出そうとすればするほど、それがやってくることに気づくはずです。厄介なことに、人間は考えないようにすればするほどそのことに注目してしまう、という特徴があるのです。

反すう思考に対処するために

ただし、同じことをぐるぐる考えてしまう場合でも、それを「誰かに話す」というプロセスの中で行うのであれば、気持ちが落ち込むことを止めることができるという特徴があります。

つまり、誰かに悩みを話しても解決することはないかもしれませんが、話すことは反すう思考に陥って気持ちの落ち込みが生じることを防ぐという効果があるのです。これがいわゆる「話をしてスッキリした」ということの背景にある心理的プロセスです。スッキリすることで、物事が好転するようなチャンスまで時間を稼ぐことが可能になるのです。

また、一人で悩みについて考えていると、最初は具体的だった悩みが、どんどんと抽象的になっていってしまいます。そうこうしているうちに、漠然とした苦しみが出てきます。それが「消えたい」や「死にたい」といった気持ちにまで行き着いてしまうことは珍しくありません。

具体的な悩みはまだ解決の方法がありますが、こうした抽象的な苦しさは対処をすることができません。せいぜい、なんとかして気を逸らすことができるかできないか、ということぐらいです。

しかし悩みごとを誰かに話をすると、抽象的でなく具体的な話をしていくことになります。そうなると、そうした漠然とした苦しみは生じづらくなり、より適切な対処方法をとることができます。

このように、悩みを誰かに話すことはストレスに対処するためのとても大切な方法なのです。


相談とグチ

では、後半になります。どんな話をすると良いのかについて、具体的なものとして、上岡陽江先生、大嶋栄子先生による名著『その後の不自由:「嵐」のあとを生きる人たち』の中から、相談とグチという二つの方法について取り上げたいと思います。これも普段、カウンセリングの中で毎回話す内容になります。

あなたは「相談下手」な人?? 

あなたは、自分の悩みごとを誰かに相談できていますか?何か問題が起きて大事になってから話をしていないでしょうか?話したら「怒られる」「相手のいうことを聞かないといけない気がする」と思っていませんか?「どこまで話していいかわからない」「どうせ解決しない」「裏切られるかも」と考えていませんか?「恥ずかしいこと」「自分が崩れてしまいそう」と感じたりしていませんか?

この中に当てはまるものがあれば、あなたは「相談下手」な人なのかもしれません。「相談上手」となるために、まずは相談のイメージを変えてみましょう。

相談ができない理由

それではまず、相談とは一体どんなものかについて考えていきましょう。国語辞典によれば、相談とは「問題の解決のために話し合ったり、他人の意見を聞いたりすること。また、その話し合い」と書かれています。一人ではなかなか解決ができない問題も、誰かの視点を入れて考えることができれば、その糸口が見つかるかもしれません。相談とはわれわれがこの複雑な社会を生きるために、大切なスキルとなります。

ではなぜ、その大事な相談ができないことがあるのでしょうか。その理由はさまざまあると考えられますが、以下の3つが代表的な理由であると思われます。

・相談相手がいない

・相談したい困りごとが大きすぎる

・過去に相談したとしてもいい思いがなかった

うまく相談するためには、この3つの問題をクリアしなくてはなりません。そのためには、相談をもう少し細かく分割する必要があります。

「大相談」と「小相談」

ソーシャルワーカーの上岡陽江さんは、相談を「大相談」と「小相談」に分けることを提案しています。

「大相談」とは「絡んでいる」相談です。背景に過去のトラウマや現在の支配関係など、複雑な背景が「絡んで」生じている困りごとが話されるのが「大相談」になります。「大相談」は何年・何十年にも渡って積み重なった問題です。

こうした大問題を解決できるのは、人間ではなく魔法使いです。しかしながら、魔法使いは存在しません。魔法を使えると主張する人は、残念ながら詐欺師かマジシャンでしょう。人間が大相談を無理やり解決しようとすると、相談するほうもされるほうも圧倒されてしまいます。つまり「大相談」とは、相談できない相談なのです。

それに対して、小相談とは「絡んでいない」相談です。眠れない、特定の誰かとうまくいかないなど、具体的で比較的単純な困りごとが話されるのが「小相談」となります。そうした困りごとも必ずしも全部が解決するようなものではありませんが、少しは楽になったり、別の手段を考えることができる問題です。

「小相談」を話せる相手をつくろう!

まずは絡んでいない「小相談」から始めるようにしましょう。「眠れない」「気分が落ち込む」「身体の不調がある」「友人関係でもめてしまった」「就職先がみつからない」といったようなことです。「小相談」で解決する問題はほんのちょっとで、また時間もかかることですが、それを重ねていくとちょっとずつ生活が楽になっていきます。そうすると、相談してよかったとちょっとずつ思えるようになっていきます。

また「小相談」は、それぞれその問題に応じて得意な人がいたり、物知りがいたり、専門家がいることも特徴です。そのため「小相談」ができるようになってくると、複数の相談相手ができるようになってくるのです。気持ちや睡眠の問題を相談する精神科の先生、健康問題について相談する内科や外科の先生、対人関係や気持ちの鎮め方を相談するカウンセラー、お金や生活手段について紹介してくれるソーシャルワーカー、その他支援員や友人などです。こうした人たちは、自分の「応援団」というべきような人たちです。

全部を解決する答えをもらうことではなく、「ちょっと話す」「一緒に考える」という対等な関係の中で話し合うことがよい相談の関係です。急がば回れ。面前のトラブルの解決に振り回されたり、核心のトラウマをどうにかしようとしたりするよりも、ささいなこと、表面的なことから一つずつやっていくことが大切になります。

「小相談」を重ねていくことができるようになると、しばらくしたら「大相談」の悩みも少し軽くなっていることに気づくはずです。それはたとえ魔法が使えなくとも、自分の中には問題に立ち向かう力があることを、確かに感じることができるようになっているからです。

「グチ」はもっと難しい??

さて、小相談の前にあるのがちょっとした困りごとを吐き出すという「グチ」です。しかし相談下手な人にとって、グチをいうことがもっと難しいことがあります。グチを言うと、「迷惑なのではないか」「相手に負担をかけてしまのではないか」と思っていないでしょうか?「私がガマンすればいい」と考えていないでしょうか?「言霊で私も不幸になってしまう」と感じたりしていないでしょうか?

もしこう思っていたとするなら、あなたはいままで自分一人でがんばってきたと思います。ただ、グチにもよいグチとわるいグチがあり、正しくグチを言えることは、とても大切になります。

「グチ」とはなんなのか

相談と同じように、まずは「グチ」とは何かについて考えてみましょう。

辞書には「言ってもしかたのないことを言って嘆くこと」と説明されています。つまりグチとは、それを言ったところで何か問題が解決するわけではないし、どうしようもないのです。しかしそれにもかかわらずグチをいうのは、それをいうこと自体に効果があるからです。端的に言えば、グチはそれをいうことでスッキリするのです。先に述べた言葉を使うのであれば、グチは情動焦点型コーピングの一つなのです。

グチはそれをいうこと、そしてそれを受け取ってもらうことで、スッキリするために発せられるものなのです。相談が返答を求めるようなキャッチボールであるとするなら、グチとは投げたボールを相手に受け取ってもらって、そしてそれをそのままポイッと脇に捨ててもらうことで、自分の外に吐き出すような行為と言えます。

「閉じられたグチ」と「開かれたグチ」

さて、相談を「大相談」と「小相談」と分けたように、上岡陽江さんはグチも「開かれたグチ」と「閉じられたグチ」の二つに分けます。開かれたグチとは、双方向的・流せる・リラックスできるグチです。開かれたグチは、夫婦間や友人間といった平面の関係で話されます。そして話し手は言ってスッキリすることを目的に話しますし、聞き手は共感はするものの聞き流すことができます。聞き手と話し手の役割は交代され、結果的に双方がリラックスすることができます。お互いがお互いの感情のゴミ箱になるようなものです。そしてそのゴミ箱の中身はさっさと捨ててもらえばいいのです。

その一方で、閉じられたグチとは、一方向的・流せない・エネルギーを奪われるグチです。閉じられたグチは、力の差がある狭い環境の中で話されます。親と子、暴力的な夫と妻、パワハラをする上司と部下といった関係です。相対的に力が強い方から弱い方へと一方的に流れるという特徴があります。そこでは片方が一方的なゴミ箱となっています。

閉じられたグチは流せないグチです。流せない理由は二つあり、一つはそれがほっとけないような重大事態を伴う場合です。暴力や暴言、あるいは自分を傷つけるような脅しの行動の後に言われるグチは、聞き手に「なんとかしないと」と思わせます。もう一つは、それが自分にとってもその一部であるような大切な人から言われる場合です。とりわけ、お母さんのグチは流せません。「なんとかしないと!」と、子どもに強く思わせます。しかしなんともすることができず、聞き手には無力感と罪悪感が残ります。つまり、ゴミ箱の中身をいつまで経っても捨てることができないのです。どんどん貯まるゴミの中で、結果として聞き手のエネルギーが奪われてしまうのです。

閉じられたグチは、話し手と聞き手の役割交代がないために、話し手が一方的に利益を奪っていきます。まず聞き手がいることで、孤立感が解消されます。また助けをしようとしてくれますから、味方を作ることができます。他にも自分を正当化し、自己否定の沼に引きずりこまれるのを防ぐことができます。そして、自分が生き抜くためのストーリーを作ることができるのです。しかしそれと引き換えに、聞き手の人生に傷を残すのです。

「開かれたグチ」の方法を身に着けよう

グチは「言ってもどうしようもないこと」ではありますが、それをいうこと自体に効果があるのです。ですが、グチによって誰かを傷つけないためには、正しい「開かれたグチ」としてそれを行う必要があります。良いグチについて、少し述べてみましょう。

大きすぎる・大変すぎるのはグチではありません。「日常的な小さな不満」がグチとして話す内容になります。「死にたい」「消えたい」など大きな悩みがあったとしても、日常的な小さな不満は必ずあるはずです。

グチをいうときは「思いっきり自分を正当化していい」「自分を中心に話していい」「他人のせいにしていい」ということも重要なポイントになります。これは閉じられたグチの聞き手であった人には大変です。でも、とにかくがんばって誰かのせいにすることが大事です。

他にも、悪口を言っていると勘違いしないでグチとして聞いてくれる相手に話すようにしましょう。四方八方に垂れ流さずに、誰にどこで話すかということを選ぶことで、「幸福なグチ」を作ることになるのです。

自分の中の「困りごと」に気づいていく

小相談やグチが言えないと、どうしようもできない大相談をぶつけたり、あるいは依存につながりかねない気晴らしに走ったり、心の痛みを身体の痛みに置き換える自傷行為をしてしまったり、原因不明の身体不良で表現するようになってしまいます。

一方で、自分の中にある小さな不満や不安をグチにすることができたり、具体的な困りごとを相談してアドバイスをもらえたりすると、徐々に自分が今何に困っているかがわかるようになります。そうなると、対処できる困りごとが増えていきます。同時に、そういうことが言える相手とのつながりが形作られていくのです。そのつながりは過去を変えるものではないですが、あなたの人生を豊かにするものになります。

「話をすること」の二つの役割

ここまでは普段のカウンセリングの中で、お話をしていることになります。さて、ここでもう少し話をすることの役割について深く考えてみましょう。

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