万象森羅シェアワールド〜狸人族タルト編〜第一章:養子、資源調査

第一章:養子 六節:資源調査
「お嬢様、少しお時間よろしいですか。」
 タルトは令嬢姉妹の部屋を訪ねている。曼珠商会にやってきて3ヶ月が経ち、商人としてひと通りの業務を経験したタルトは、この間に知り得なかった、外の業務について知ろうと思ったのだ。

「あら、タルト。こんな時間から、お仕事熱心ですわね。何かまた聞きたいことがあるのかしら。」
 アザミはタルトの成長を見守り、良き相談役となっていた。そして、時にはタルトから教わることもあったため、頻繁に訪ねてくるタルトとの時間は、彼女にとっても楽しみなことであった。
「はい、お嬢様。実はこの国で行われている資源開発について、少し気になることがありまして。」
 そう言うとタルトは、手に持っていた三枚の資料をテーブルに広げ、商会が関わっている事業の説明をアザミに求めた。
「こことここ、そしてここをご覧下さい。これらは石油、天然ガス、石炭の産出量を週ごとにまとめて上がってきた報告書です。偶然なのかどうか分かりませんが、どの資源も先月から、産出量がほとんどない期間があるんです。このことについてどうお考えですか。」
 地の国を繁栄させてきた工業。それを勢いづけたものが石油であり天然ガスであり、古くは石炭もその利用こそが他の国と違った文明を築いてきた。その資源の産出量が全くなくなるという生活は、今のタルトにとって気になる状況であった。
「あら、この資料どこから持ってきたのかしら。あ、だいたい察しはついたわ。またあの子ね。」
 アザミは国の内情に詳しく、令嬢妹のシジカは資源開発事業に特に詳しい。シジカはそろそろタルトに、外業務を経験させたがっているようだ。
「いいタルト、これは国家機密にも通じる話だから、いつも以上に真剣にお聞きなさい。この国は早ければ30年、長くても80年でこれらの資源は無くなるわ。使い方しだいではあるけれど、今の産出状況から予測すればそうなってしまうと言われていますわ。」
 タルトはアザミの言葉に息を飲み、商会の外の業務も見てみたいと考えている。両手でしっぽを掴み、黙って俯いているタルトは、大抵の場合何かを我慢している。アザミは溜息をつきながら、タルトの肩を掴み諦めるように言った。
「あなたの考えてること、当ててみせましょう。採掘現場に行きたいのでしょ。」
「お嬢様、構わないのですか。」
 タルトの目が勢いよく目を見開き、アザミは先ほどよりも深い溜息をついた。
「あの子の催促なんだわ。帰ってきたら文句のひとつでもつけてあげなければいけませんわね。」
 そう言うとアザミはタルトに外勤命令を出し、シジカの元へ送り出した。
「今度、タルトとお話できるのはいつになりますことやら。」
 部屋の窓からタルトの後ろ姿を見送るアザミ。何か伝え忘れている気持ちになりながらも、タルトの帰りを待つことにした。

 首都の南東にある、商会が開発する炭鉱。タルトが到着したのは、首都を出発して1ヶ月足らず。旅に慣れていないタルトであったが、初めての外業務に胸が踊り、到着を待つシジカの元へ急ぎ向かった。
「お、タルト早かったの。まあ座って茶でも飲むがよかろう。」
「お嬢様、先日送っていただいた資料の確認に来ました。早速ですが炭鉱の方を。」
 そう言いかけたタルトは次の言葉を飲み込み、次いで出されたお茶を少しずつ飲み始めた。
「相変わらず、お主はせっかちのようじゃの。姉上の躾もまだまだ足りぬと見えるが、まあよい。仕事は明日からじゃ。今日はのんびり過ごすがよい。」
 シジカは、ここにタルトが来ることを予見していたようだ。すでにタルトの部屋は用意されており、机の他に様々な資料が、真新しい本棚にぎっしりと並べられていた。
 タルトは通された部屋のベッドに腰を下ろし、本棚を眺めている。そしてすっと立ち上がり、資源採掘方法について書かれている本を一冊手に取った。
「なるほどな。こうやって石炭は掘り出されているんだ。あれ、これは随分と重労働そうだな。もっとたくさん掘ろうと思ったら、これだと人手が必要そうだ。」
 石炭の採掘には二つの方法がある。ひとつは山の側面から穴を掘り進む坑内採掘。もうひとつは、地面を掘り下げて石炭を探し出す露天採掘である。商会の行う露天採掘現場は、すでに枯渇寸前と言われており、新たな炭鉱が見つかるまでは、人の手が多く必要になる坑内採掘で石炭を産出しているという状況だ。
 タルトは次々と本に目を通していたが、旅の疲れが出たのか、そのままベッドで眠りについた。

 翌朝、タルトはシジカの静止で衝動を抑えながらも、初めて見る炭鉱作業の現場に心を躍らせていた。つぶさにメモをとり、現状把握に努め、現場が抱える諸問題を整理し、翌日には解決策を添えてシジカに提出した。
「ほんにタルトは仕事の鬼よの。指摘は概ね合格点じゃが、ひとつ見落としがあるぞよ。」
 報告書を読み終えたシジカは、タルトに足りない点を教えた。それは、地の国が抱える最も困難な課題であり、現状では解決不可能とさえ思われる内容であった。
「お嬢様は凄い。やっぱり僕の知識じゃ足りないことが多そうだな。」
 タルトはシジカから聞いた話を自分の知識と照らし合わせながら、さらに学ぶべきことの多さを知り、喜びに打ち震えていた。

 タルトが炭鉱に来て2週間が経っていた。鉱夫ともすっかり打ち解け、仕事以外にも郷の話をしながら、タルトは地の国の至るところの状況を知ることができた。
 そんなある日、商会の連絡員が総督府からの依頼状を携えて、炭鉱へと急ぎやってきた。これがタルトにとって人生の定めとなる、誰もその時は思いもよらなかった。

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