万象森羅シェアワールド〜狸人族タルト編〜第一章:養子、始まり

   狸人族商人タルトの物語
 地の国に暮らす狸人族は、耳と尾に特徴のあるヒューマンタイプの種族である。始まりの12人と関わるにつれ、タルトは商人として世界の理について苦悩する。さあ、悩め、足掻け、挑み続けろ。
 これは地の国に生まれた狸人族タルトが織りなす、三国の歴史の1ページに過ぎない。

 第一章:養子 一節:始まり
 まだ肌寒さが残る。タルトは布団から上半身だけ起こし窓の外をぼんやりと眺めていた。
 小鳥のさえずりの向こうから母親が呼んでいるようだ。
「タルト、そろそろ起きて朝ごはんを食べて。今夜は夜会があるから、食べ終わったらいろいろと準備しなきゃ。」
 狸人族の夜会。それは毎年この時期に開かれる、集落から子供を送り出すための催し物。13歳になるその年に親から離れ、自分の力で生きていく決意を固める儀式。
 覚悟は決めていたが、ひとり母親を残して生きていかなければならない宿命に、タルトはまだ割り切れないでいた。
「分かったよ、お母さん。すぐ行くね。」
 心なしか強がったような声で返事をし、勢いよく布団から飛び出したタルトはいそいそと台所へと向かった。
「急がなくていいから。夜会の前に一緒に買い物に行きましょ。そろそろ服も買い替えなきゃ、男の子だから最近背も伸びてきたわよね。」
「まだ着れるし、大丈夫だよ。」

 僕が小さい頃にお父さんはいなくなった。首都に用事で出掛けたきり帰ってこない。お母さんはそれから一人で僕を育ててくれた。最後の愛情とばかりにあれこれ買い物しようというお母さんの声は、なぜか僕を悲しい思いにさせた。
 朝ごはんを食べて買い物に出かけた僕たちは、薬草や食料を買い、お父さんが使っていた古い背負い袋に詰め込んだ。お母さんがどうしてもというので、服も一着だけ買って旅支度を終え、ゆっくりと家路についた。

 タルトとその母親が住むのは、地の国南西部。荒野が広がる地の国の中では、かろうじて食料が手に入る土地だ。それでも過酷な環境であることに変わりなく、夜会を終えたあと殆どの子供たちはこの地を後にするしかないのだった。

 夜になり、母親に手を引かれ夜会に向かうタルト。昔話をしながら思い出話を繰り返し、繰り返し話す母親の手はいつしか汗がにじみ、ぎゅっと握ったまま二人の足は夜会会場に到着した。
「さあ、タルト。お前も一人前になったのだから、みんなと将来について話してらっしゃい。お母さんはここで待ってるから。」
「お母さん...じゃあ行ってくるね。」
 タルトは重い足取りを無理やり前へと向け、母親の手から少しずつ自分の手を離していった。小指が離れ、人差し指が離れ、中指が離れる頃にはタルトの顔は前を向き、歩調に合わせているように母親への想いを一つずつそして力強く踏みしめていった。

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