セイレーンのいたずら


 曼珠商会の運搬船。推進力として蒸気機関を備えてはいるものの、帆船として緑の国に寄港している。三国間を周回しており、積荷は主に食料である。
 タルトはかつて、この食料運搬船の全てを仕切り、三国の食料安全保障に深く関わる事業を担っていた。理想を追い求めていた男の姿は、今は一部の者にしか知られていない。エヒメの農産物はタルトしか入手できないものだが、事情を一番よく知るアザミとシジカの協力によって各国に運ばれ続けている。
 タルト「アザミお嬢様、今回の南柑20号ですが、例年よりも少し遅くなりました。品物は万人向けの味になっていますので、あとはよろしくお願いします。」
 アザミ「はい。いつも無理をさせますね。本当はもうあちらで暮らしたいはずでしょうに。」
 タルト「本音を言えばそうですが、やはりまだ気になることもありますので、こうしてお嬢様とお話したいというのも希望するところです。」
 タルトの存在は商会にとっても欠かせない。タルトの運んでくるエヒメの食べ物は、各地で待ち望んでいる子供たちがいる。第一線を退いているとはいえ、特にみかんは供給し続けたい思いをタルトは持ち続けていた。

 アザミ「海が少々荒れていますが、明日は水の国に向けて出航します。今の季節は特に荒波に注意していますが、水の国の沿岸部が気がかりですの。」
 タルト「あの辺は確かに油断できませんね。アキさんには黙っていますが、もしもおかしな波が発生したらこうしてください。」
 タルトはアザミに波対策を授け、また荷車を引いてその場を後にした。

 船は水の国へと向かった。ゆっくりと風を掴み、粘るような重い風を捉えたのち力強く海をかき分け進む。緑の国が見えなくなる頃、蒸気機関が唸りを上げる。
 シジカ「姉上、タルトは元気そうじゃったか?」
 アザミ「ええ。幾分丸くなっていましたわ。きっと美味しい物をたくさん食べているのでしょう。」
 シジカ「羨ましいかぎりじゃ。われもまたエヒメに行きたくなった。一周後はタルトと遊びに行かねば。」
 アザミ「あら、抜けがけは許しませんよ。その時は私も同行します。」
 シジカ「たまには空気を読んで欲しいものじゃ。」
 アザミ「それはお互いさまですわ。」
 鬼っ子姉妹が互いを牽制し合っていることを、タルトは知らない。

 水の国はその名が示すとおり海底に街がある。しかし、他国との貿易もあるため、地上部につながる地が存在する。物騒な話ではあるが、侵略を受ける際の激戦地になりうるこの場所は、水兵の演習地としての機能も持ち合わせている。
 シジカ「さて、そろそろ水の国じゃが、やはり波が心配じゃな。」
 アザミ「今回は大丈夫ですわ。タルトにおまじないを授けていただきましたの。」
 シジカ「ほう、それはどんな、うわ!」
 突如荒れ狂う海。空は快晴。風も無く、海だけが荒れている。
 ???「あはは。不審な船はどこだ。まずは僕が入国審査の真似事だ。」
 アザミ「シジカ!南柑20号を持ってきてください。10個ほどで構いません。」
 シジカ「は?このような時に?」
 アザミ「そうです!タルトのおまじないです!」
 シジカはアザミに言われるがまま船首に立ち、みかんを海へと投げ入れた。

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