万象森羅シェアワールド〜狸人族タルト編〜第一章:養子、夜会

第一章:養子 二節:夜会
「やあタルト。ちょうど君の話をしてたところなんだ。他のみんなは、もう興味ある職業決まったみたいだよ。」
    「そうなんだ。まだ全然考えてもいなんだ。みんなの話を聞こうと思って。不安だな。」
 タルトと話している狸人は、狸人族の商人職の男。夜会に来て、いわゆる勧誘をしているのだが、今年はどういう訳か進路を既に決めている若者ばかりだった。

 狸人族の男は商人に向く者が少なくない。それは天性のようなもので、交渉力、洞察力、実行力など、どれかひとつ突出していることが多いのだ。中には人を騙すようなことばかりする者もいるため、どこの商会でも狸人族を勧誘する場合は、この夜会で身元を引受け、育てることが必要なのだ。

「みんな、もう職業が決まっているって本当?」
 少し遅れてきたタルトは、同年代の仲間の輪に入り話し始めた。
「決まったよ!僕は村外れの鉱山で採掘作業をするんだ。あそこならいつでも村に来れるし、気分は出稼ぎみたいな感じかな。」
「俺は首都に行く!将来お店を出すために、料理の修行をするって決めた!」
「私は村で食べ物集めするわ。ねぇ、料理人になったら、もちろんここでお店出すんでしょ?食べ物に困らない生活がしたいわ。」

 みんな口々にやりたい仕事について語っている。僕はまだ、自分が何をしたいか決めてもいないし、何ができるかも分かっていない。すごいな、みんな。僕も人並みに勉強はしてきたつもりだけど、まだまだ子供だな。
「みんな決めるの早いね!僕はまだ悩んでるんだ。外の世界のことは知らないし、自分が何になれるかなんて分からないんだよ。」

 タルトは優柔不断な性格では無い。仲間全員の長所も短所も正確に把握しており、常日頃から相談を受けることが多いため、仲間からの信頼は厚い。そんなタルトが悩んでいる姿が不思議でたまらないのか、口々に様々な職業を上げる仲間たち。その熱気が、夜会の雰囲気を盛り上げていた。

「タルト。職業選択で悩んでいるなら、一度首都に行ってみないか?」
 先程の商人の男が話題に混ざり、タルトに話しかける。
「首都に行ったら何か分かるの?」
 タルトはポカンとしながら、商人の話を聞くことにした。
「首都には自分の職業適性を教えてくれる場所があるんだ。どんな子供でも2、3個くらいは適性があるから、その中からひとつ選んで資格を取って、やりたい仕事に就くこともできるんだ。」
「自分のことを他人に決められるの嫌だな。」
「そうじゃなくて、いろんな質問にタルトが答えて、自分自身の向き不向きを理解しながら、最後に残った適性で職業を選べるんだよ。適性が無い職業は選ばなくてすむから、何でもやる!って思っている人にとっては参考になると思うよ。」
 商人の話を聞き終わり、タルトはここぞとばかりに決断した。
「分かった!このまま自分で考えても答えは出せそうにないから、おじさんの言う通りにしてみるよ。首都で自分の未来を決めるって、行き当たりばったりな感じもするけど、ずっと悩んでいても仕方ないよね。」

 タルトひとりの将来について真剣に考えてくれる仲間たち。その思いをひとつに絞り込む気持ちになれないタルトは、商人の提案を受けることにした。
「じゃあ、手続きはこっちで進めるようにするから、タルトは出発の準備をしておいで。入口のところで待ってるから。」
 商人はそう言うと、そそくさとその場を離れていった。

 タルトは親同士の集まる場所に行き、母親に職業は決まらなかった、首都へ行くと告げる。
「そう、やっぱり首都へ行くことになったのね。多分、そうなるんじゃないかと思ってたわ。」
 そう言うと、母親は胸にしまっていた手彫りの小さな木像をタルトに渡した。
「これわね、お父さんが作ってくれたお守りなの。どんなに辛いことがあっても、これを眺めていると楽しかったことを思い出すから、きっと心の支えになると思うわ。」
「お母さんはなんでもお見通しだったんだね。うん、ありがとう。商人のおじさんについて行くから、首都までは何日かかるのかな。分かんないけど、着いたら手紙を書くよ。」
「うふふ。そんなに何年もかからないわよ。手紙は落ち着いてからでいいから、まずはしっかり働けるようにがんばりなさい。」
「分かった。絶対に手紙は書くから、お母さんも、ひとりで大変かもしれないけど、僕もがんばるから、ずっと、元気でいてね。」
 気の利いた言葉も思い浮かばないタルトは、それでも一言、一言、母親への感謝の気持ちを抱きながら、親の気持ちに応えるように声を振り絞った。
「最後に、タルトここへおいで。」
 そう言うと母親はしゃがみ込み、静かにタルトを抱き締めた。
「それじゃあ、行ってきます。」
 タルトは両目から流れる雫とともに、母親との思い出を何度も心に刻みながら、旅立ちの決意を告げた。

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