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雨が降ってぐちゃぐちゃの地面と心と好奇心

(2024/05/13)
深夜に降り始めた雨が我が家を激しく叩くから
私は、仕事に行かないことを決めた。

前夜、私はスマートフォン上のアプリを介して
友人たちの会話に聞き耳を立てていた。

顔が知らない相手と楽しく「会話」をするというのは
子供の頃からすると少し不思議で、ありえなかったと思う。
人見知りだったのもあるが「見せびらかす」ために
大人達の中に放り込まれたせいで体裁を取り繕うやり取りしかできなかった。
が、そんなことはどうでもいい。

「会話」が恋バナに変わったころ
私は明日、何をするかを考えていた。

天気予報は雨、仕事に行く気はないので書類仕事だけをしよう。
部屋も片付けなければ。テーブルの天板は物が積み重なって山肌のようにデコボコになっている。滑落待ったなし。

そういえば折り畳み傘を買わなければ。

先月、福岡に行った際、傘を置き忘れてしまった。
友人は「取りに戻ろう」と言っていたが高い物でもなし、いいよと突っぱねた。
結果、2度コンビニでビニール傘を買う羽目になった。

雨の日に傘をさして傘を買いに行く。
とは何とも奇天烈な行動ではあるが、折角の休み(勝手に)ということと、
以前使っていたニトリの傘は大きく丈夫でしかも安かった。
なのでどうせ買うなら品質がわかっている物が良かったというだけのことである。

翌日、昼を過ぎる頃には傘をさすか悩む程度に雨は落ち着いていた。
玄関に溜まったビニール傘を吟味してから私は玄関をくぐった。

散歩。
普段、生活をしていると地元とはいえ通らない道は多い。
時間のあるこんな日だからこそ、そんな普段通ってみようとささやかな冒険心が生まれた。そしてその気持ちに従った。

春を越え、暦の上では夏になる今日この頃。「かわず鳴く」とはならないが
終春の置き土産とばかりに家々の前には花々が鮮やかに、雨粒で艶やかに咲き乱れてた。

平日の雨模様。そんな中、花の前にしゃがんでスマホを取り出す黒いバルーンパンツの男は然も恐ろしかっただろう。
許してほしい。私は割と花が好きなのだ。綺麗に咲く自然な色彩はとても良いと感じる人間なのだ。

勝手知ったる地元の道を水を跳ねあげながら進んでいくと
一つの家が見えてきた。
「見えてきた」というよりは私は望んで、ただ恐る恐る目指していた。


高校を卒業して、時間を持て余していた私が出会ったcafe。その名残り。


あれから何年経ったのだろう。
課題をしながらコーヒーを啜った四角いまる角のテーブル。
震災のニュースを一緒に見たソファ。
この時期に軒先でお孫さんを見て微笑みあったスチールテーブル。
今は何も無くなった。
ただその空間だけが残っている。

マスターは元気だろうか。
心配ではある。でも知るのも怖い。そんな気持ちのまま数年が経って
私は「軒先」では無くなったその前を恐る恐る通るだけの人になった。


今日も例に漏れずそれだけのつもりだった。


ふと淡い小さな物が家の前にあった。
近づいていくと花が咲いていた。ブルースター。

たまたま。たまたま。ただ咲いていた。
私の最も好きな花。
昔、恋人に贈った花。
そのことを照れながらマスターに話した。彼は笑っていた。
そんな花。

たまたま。たまたま。

雨音が鳴っている。
形容し難い感情が生まれて、
それは嬉しいとも悲しいとも虚しいとも後悔とも違っているけど似てもいて
わからなくなった。

ポストの上に表札跡が薄く茶色く残っていた。
虚しい気持ちが少し増した。


傘をさして傘を買いに行く。
阿呆なこの文章を実行するために私は歩いた。
薄らと汗ばんだシャツの裾をヒラヒラさせながら。

傘を買い、来た道を戻ると
「馬ハンバーガー」
何とも興味惹かれる言葉を見つけてしまった。
字面から安易に想像できる内容。

一旦通り過ぎてから、踵を返して店の前に立ち
私は小さな小窓を開けて「馬ハンバーガー」を注文した。

注文を聞いてくれた原色系ネイルのお姉さんは
5分ほどお時間がかかりますと注意をして厨房へ向かった。

私は曲を聴いて時間を潰すことにした。
最近聞いているkomsumeの気分ではなかったし、
コッペリアほど凛とした曲も違った。
高田梢枝のアイスランドもよかったが「今日は楽しかったね」なんて言われても
「そう?どこが?」と自問自答してしまいそうだった。
creepy nutsで無理やり頭を空にしようかとも思った。

結局、文藝天国の「翳りの讃歌」を聞いた。
単にこのゆっくり感と声が欲しかった。それだけ。

馬ハンバーガーを手にして帰路に着いた。
同じ道をなぞって。またあの花を見に。

家のまえに着いた。
来るときは気づかなかったが家主の名前が表札に書かれていた。

淡い嬉しさがあった。

ブルースターの花言葉は
「幸福な愛」
「信じあう心」

花言葉なんて鼻で笑ってしまうのに
今の私には「信じあう心」が少しノイズだなと思った。

家に帰ると祖母は私の馬ハンバーガーを見て
「今って(ハンバーガー)いくらするの?」
と聞いてきた。

「これは特別だから高いよ。680円」
「今ってハンバーガー高いねぇ」
「これは特別だから高いって言ったじゃん。チェーン店ならもっと安いから」
「高いねぇ」

話が伝わらなかった。

今度、マックでも食べさせよう。
そう思った初夏の話。

私なんかにサポートする意味があるのかは不明ですが、 してくれたらあなたの脳内で土下座します。 焼きじゃない方の。