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#47 めでたく退院。タクシーで帰宅する車内で…



病院の大きなタクシープールには相変わらず沢山の空車が並んでいた。
後部扉が開き2週間分の入院用品の入った大きなバックを先に詰め込み乗り込んだ。

タ「どちらに行きますか?」

岡「〇〇通り行ってもらって〇〇通りの入り口の側道入ってもらえますか?」

タ「はい」

岡「近くなったらまた言います」

カスカスになった声で言う。
やば。忘れていた。声が枯れているのを。
伝わったかな?

今はコロナ感染予防で運転手さんとの間には厚手で透明のシート!ナビの設定はしていないが、一応方向は合っている。不安な気持ちはタクシーと一緒に走り出したが、何個目かの信号で停車した時にやっぱり聞いた。

岡「すいません、行き先って伝わってます?ちょっと僕の声が聞き取りにくい声で・・・」

タ「あーはいはい、わかりますよ。住所的には〇〇ら辺ですよね?」

岡「そうです、よかった。」

声は掠れながらも伝わっていた。

タ「いやーびっくりしましたよ。実はね、学生時代にその住所ら辺に四年間住んでたんですよ。」

岡「え、そうなんですか?」

カスカスで答える

タ「行き先聞いた時、うわー懐かしなと思いましてね」

奇遇。伝わってよかった。

タ「もう何年かな?30年ぶりくらいかなー。その辺に行くのも。いや、なんか嬉しいなー」

運転手さんのお話と青信号がしばらく続いた。

タ「あの辺だと昔、ファミレスがあったの知ってます?」

岡「いや、知らないですね」

カスカスで答える

タ「今はなくなっちゃったんだけど、当時はファミレスは珍しくてね、そこで女の子とデートなんかしてね」

岡「そうなんですか」

カスカスで答える

タ「同じくらいの頃にね、ファミレスの向かいにアメリカンな雑貨店があったんですけど、知ってますか?」

岡「いや、知らないですね」

カスカスで答えながら、ファミレスを知らないから向かいの雑貨店も知らないですねとは言わなかった。

タ「有名だったんですよ。そこで別に買い物するわけでもないんですけど、行ったりしてねぇ」

岡「へぇー」

カスカスで答える。喉に負担をかけたくないなぁと思いリアクションを『へぇ』にした。

タ「あとねぇあそこら辺の思い出はね」

岡「・・・(頷きながら聞いていた)」

喉に負担をかけたくないので頷きに変更。なるべくバックミラー越しに頷いた。

タ「僕ねぇ学生時代音楽サークルに入ったんですけどね、当時の流行でね、トランペットやってたんですよ」

岡「へぇー」

カスカス答え

タ「とにかく学生時代は勉強よりもモテたくてねぇ」

岡「・・・」

タ「でね、下手だから練習するんですけど家じゃできないでしょ、どうしたと思います」

あっ!もう『へぇ』とか頷きの返事ではダメな質問が飛んできた。

岡「えーわかんないな…どうしたんですか?」

カスカスで質問する。

タ「これがね、裏技といいますかね…」

いや、ちょっと待った運転手さん!


大きな病院から声を枯らして、首の周りも赤く少し火傷っぽいお客さんだよ?

この人喉かなんかの病気で診てもらって乗ったのかな?とか、
声大丈夫かな?とか、
そっちは気にならないのかな?

返事の声ずっとカスカスですよ?

そんなことより思い出が勝っちゃたんすかね?


お構いなしに運転手さんはトークのアクセルを踏み続けた

タ「あの辺大きい道路が近いでしょ、だから道路に向かってやるのよ、良いスペースがあってね、そこでよく練習したなぁーナイスアイディアでしょ」

「…へぇ」


カスカスオカヤス

タ「そこならどこにも迷惑じゃないでしょ!下手でも恥ずかしくないのよ。走ってる車もスピード出てたら聞こえないもんねぇ、あはははは」

ん?あれ?そういえば、うちの近所のちょっとしたスペースで楽器の練習を大きい道路に向けてやってる人いるなー。
大きい道路を飛び越えて反対側の岡安ん家にめっちゃ聞こえてるよ!絶対あそこのスペースのことだ!

運転手さん…

岡「大きい道路の越えた側の家の人には聞こえてますよ・・・」

とは、
喉に負担かけたくないから言うのをやめた。

                     つづく

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