不確定日記(フィクションです)

あーちょっと派手だったかなーと自分の体を見下ろす。紫のスカートに赤い靴はやり過ぎだ。これから出かける先はサイゼリヤなのに。どうしてもイカスミスパゲッティが食べたくなっただけなのに。いつもの路地には銭湯の主人が立っている。開店するまでの時間、彼はいつもそこで道行く知り合いを待ち構え、立ち話を仕掛ける。問題は、私たちは明確には知り合いではないというところだ。ただいつもそこを通るので、お互い顔は見知っている。挨拶をすべきか迷い、真顔とも取れるくらいの曖昧な笑みを浮かべやり過ごす。彼はいつもほんの少し何か言いたげにする。いつバランスが崩れるのか、崩したほうがいいのか、毎回スリリングだ。
忘れ物に気づいたのは顔を本当の真顔に戻したあたりで、けれどそこから角を曲がるまでは振り返らずに歩いた。同じ道を通って取りに帰るとするとあの会釈をあと2回行わなければならない。気まずいが他に道はなかった。息を吸い、必要以上に驚いた感じの小走りで、あの微妙な顔もしつつ、来た道を戻る。部屋まで戻り、靴紐が面倒なので膝で廊下をにじり、忘れ物の小銭入れをポケットに入れる。さああと一回。玄関に出しっ放しだった冬用のコートが入った袋をとっさに抱えた。私はこれを忘れたから取りに戻ったんです。クリーニングに出すんです。これは当然の行動なのです、とあの人にわかりやすすぎるくらいわからせなくてはいけない。これ見よがしに胸に大きな包みを抱え、意気揚々と「あの笑み」を作った。コートは先日クリーニングから帰ってきた洗濯したてのものだったし、どうせなら靴を紺色のものに履き替えればよかったが、イカスミスパゲッティは勝利の味がした。

そんな奇特な