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リリカル・スペリオリティ! #17「公安失格」

※前回までのお話はこちら

第17話 公安失格


「で、1ヶ月経ったが、引き続き進展はない、と?」
 小林の厳めしい顔は、1ヶ月ごとに険しくなっているような気がする。

 土曜日、華蓮は警視庁公安部の本部に来ていた。上司の小林に、この1ヶ月分の潜入報告をするためだ。
「はい…」
 毎回「特に進展はないです」と言わなくてはならないこっちの身にもなってほしい。

 華蓮はそれとなく話題を逸らした。
「そういえば警視庁に入る時、やけにマスコミが集まってましたけど、何事ですか?」
 小林は窓のブラインドを少し開け、外を見下ろした。
「あぁ。あれだよ、1年前に起きた大型詐欺グループによる事件があっただろう?最近その首謀者が捕まってな。それの関係で、今日記者会見があるもんで、朝から騒がしいんだよ」
 そういえば、最近そんなニュースがあった気がする。「デビルズ」の追跡と、美術教師の仕事に追われてすっかり忘れていた。
「ほら、お前も1年前に関わっただろ。茅場交番にUSBの落とし物が届いて、そのUSBが詐欺グループ御用達の個人情報名簿業者のものだったってやつ。確かお前、それから『遺失物の女神』って呼ばれたんじゃなかったけ?」
 茅場交番、USB…。あ!
 思い出した。華蓮がまだ交番勤務の頃、偶然男に襲われそうになっていた女子中学生を保護して、ついでにその子が見つけたUSBを預かったのだ。

 当時、その個人情報名簿業者は別件で逮捕されたのだが、その詐欺グループとの関連が自明だったにも関わらず、証拠が出なかった。証拠が詰まったUSBは別の名簿業者との取引中に行方不明になり、捜査が進められていたところに女子中学生が偶然見つけた、という経緯だ。女子中学生に襲いかかった男は、捕まった業者の取引相手だった。

「あぁ、あの詐欺事件ですか。首謀者が捕まったのなら、万々歳ですね」
 華蓮には既に他人事だった。
「首謀者を割り出すのは、骨が折れたらしいけどなー」
 小林もまた他人事のように言った。金銭的な利益だけが目的の詐欺事件は、私たち公安部の管轄ではない。

「それで?今後も『デビルズについて特に進展はありません』を続けていくつもりか?」
 くっ…!話を戻された!
「でも、我々がデビルズだと睨んでいる佐藤リリカには、あまり接触はできませんし…」
 渡辺園子の一件で佐藤リリカと接触はしたが、「過度な接触は禁止」と小林に命じられていたため、黙っておいた。特に怪しい点もなかったし。
「いいか、岸谷。俺たちはただ美術教師をさせるためにお前を行かせたわけじゃねんだぞ」
 過剰な接触禁止って言ったのあんたやろが〜!!
 華蓮は今にも目の前の上司に殴りかかりそうだったが、ギリギリのところで抑えた。

 小林はあごに手を当て、何かを考えている。
「そうだなあ…。たとえ佐藤リリカに何もなくても、学校周辺で特に変わったことはなかったのか?何でもいい。池の魚が急にたくさん死んだとか、変な転校生がまた来た、とか。ないか?」
 急に…?
「そういえば、生徒の様子がちょっと変だったんです。急にミスコン、ミスターコンを意識し始めて、おしゃれに気を使ったり、ダイエットしたり。校則違反までしちゃう子もいたんです」
「急に、か」
「はい」
「その現象は、今でも続いているのか」
 小林が腕を組んだ。眉間にしわが寄っている。
「いえ、この間の木曜日くらいから、これまた急に生徒たちの熱が冷めていったというか、欠席者が増えたんです。集団感染があったわけではないようですけど」

 小林の顔が一気に険しくなった。呼吸を整えるように一息つくと、小林はため息交じりに言った。
「それは…。やられたかもしれないぞ」
 小林は華蓮の目をまっすぐ見据えていた。
「え?」
「デビルズの奴らの手法は、一気に人の欲望を肥大化させることだ。バブル景気の時は、バブルの熱気が冷めた後、人々は失意のどん底に陥った。もしかして今、生徒たちはそれと似た状態にあるんじゃないか」
「え!?そんな…」
 自分が学校関係者として潜入し、このミスコン・ミスターコンの騒動にも関わっていたというのに、気づけなかったというのか。
 華蓮は背中がゾッとするのを感じた。
「だが、おかしい。奴らにしては規模が小さすぎる」
 小林は頭を抱えるようにしてうめいた。
「そうなんですか?」
「ああ。念の為、上野桜丘高校の周辺に協力者を配置しておいたんだ。流石にお前1人でデビルズを追うのにも限界があると思ってな」
 な、何だと!?
 華蓮の動揺なんてつゆ知らず、小林は続けた。
「しかし、周辺の学校でそんな現象が起きている、と報告は受けていない。しかも、ミスコンやミスターコンなんて他の学校にもあるのに、同じ現象が起きていないなんておかしい。バブル景気の時に比べたら、欲望をコントロールされた人なんて、ゾウとアリくらいの比率だぞ」
 その例えはよくわからないが、要は関わる人数が少なすぎる、ということなのだろう。
「もしかしたら、まだ何かあるんじゃないか」
「この、ミスコン、ミスターコンの騒動よりも、さらに大きい規模で起こる、ということですか」
 華蓮の額から汗がポタポタ落ちた。
「その可能性は高い」
 小林の目は、真剣だ。
「佐藤リリカが本当にデビルズかは、わからん。お前が潜入して、身近に事が起きているのに気づかなかったってことは、証拠の掴みようがないのかもしれない。次にデカいことをされたとしても、恐らく佐藤リリカ自身が関与している証拠は出てこない可能性が高い」
「じゃあ、どうすれば…」
 華蓮は何にも気づけなかった自分が情けなくて、唇を強く噛んだ。
「佐藤リリカ自身の自白を取るしかない。それか、何か犯罪を犯したということで、逮捕するしか活路はないかもしれん」
 小林の声は何か重い物を含んだように、低くて静かだった。
 外では、マスコミたちの騒がしい声が響いている。

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