④別れ

その後30分ほど経つとまた別の助産師さんに呼ばれ、手術室に移動することを伝えられた。
懐かしい光景だった。
手術室へ向かう途中、娘を出産した際に入院していた部屋の前を通った。
何度も通った新生児室の脇を通りその奥へ入った。
1年前、娘を出産した分娩室の隣で、今日は赤ちゃんとサヨナラをする。
別れを覚悟した。

指示通り着替えてベッドに仰向けに寝た。
天井にはプロジェクターで海の映像が映し出され、不思議とリラックスのできる神秘的なBGMも流れていた。
ぼんやりと色鮮やかな魚たちを眺めながらこんなことを考えていた。
私の友達は最近人工中絶手術を受けた。
望まない妊娠だった。
きっと今の私と同じ処置を受けたんだろうなぁと、ふと彼女の存在が頭に浮かんだ。
違いは赤ちゃんが生きてるか死んでるか、だけ。
それだけなんだろうなぁ、なんて考えていた。
たったの3ヶ月間でも、私の中で生きてくれてた赤ちゃんがもうすぐ居なくなろうとしてることを考えると悲しくて涙が止まらなくなった。
生きていようが、死んでいようが私の赤ちゃんには変わりない。
できることならずっと体内に残しておきたいくらい手離すのが辛くてたまらなかった。
私が泣いていることに気づいた助産師さんが大丈夫?と話しかけてくれた。
「怖い?」
と聞かれたので
「かなしくて」
とだけ伝えた。
言葉にした瞬間感情が溢れ出してしまった。
子供みたいに大声で泣く私の肩や腕を優しくさすりながら
「本当に赤ちゃん楽しみにしてたんだね。また帰ってきてくれるよ、大丈夫。」
と慰めてくれた。
落ち着くまでしばらくこのままでいようね、と言ってさすり続けてくれた。
このままでは永遠に落ち着く気がしなかったので、必死に天井の魚を観察して気を逸らすことに専念した。
やっと呼吸が整ったのを見計らって左腕に点滴の針を刺された。
間も無く、ぞろぞろと3名ほど男の先生が入ってきた。
1人は先ほど会った手術を担当する医師、1人は第一子を取り上げてくれたこの産院の院長先生、1人は麻酔科医。
院長先生が
「すぐ終わりますから安心してくださいね。」
と一言。
それを合図に麻酔科医が点滴を操作し始めた。
まず鎮痛剤を投与され、その後麻酔を投与された。
ただでさえ痛い、針を刺された部分がピリピリ、スースーするような感覚になり不快感を感じた直後に、同じような感覚が肺や喉にも感じられた。
その後急激に眠くなるような感覚に襲われそのまま目を閉じた。

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