②流産

待ちに待った2週間ぶりの妊婦検診。
表紙に名前だけが記入された新品の母子手帳と、まだ1枚も切られていない補助券を受付で渡し、名前が呼ばれるのを待っていた。
私が第一子を妊娠した頃から通っている産院は雑誌で特集される程評判の良い人気の産院で、1〜2時間待つのは通常、混雑時はさらに時間がかかることもあった。
産科を専門にしているというのも人気の理由で、常に20人前後の妊婦さんが待合室に待っていた。
今日も長くなるんだろうなぁ〜とのんびりスマホでゲームをしながら適当に時間を潰していた。

1時間半程待ったところでやっと名前が呼ばれ診察室に入ると、その日は今まで会ったことのない優しそうな女の先生が担当だった。
「体調は変わりないですか?つわりは大丈夫ですか?」
と聞かれたので、
「特に変わったことはありません。今回の妊娠はつわりもほとんど無くて上の子の時の比べると本当に楽で助かってます。」
そう伝えるとすぐに赤ちゃんの様子を見ることになった。

服を脱いで内診台に乗ると自動的に先生に向けて股を広げる体制に動かされていく。
これは何度やっても恥ずかしいし慣れないけれど、子供を産むためには仕方がないと割り切るしかない。
「では見ていきますねー機械入れますよー」
の声と同時に目の前の画面に赤ちゃんの姿が映される。
この瞬間は本当に幸せの瞬間で、2週間ぶりに見る我が子の姿には毎回感動する。
何か少し違和感も感じたが、それ以上に前回よりも確実に大きくなっているし形もより人間らしくなっていて赤ちゃんって本当に凄いなぁと改めて感心しながら画面を眺めていた。

しばらくしてから無言で見ていた先生がやっと口を開いた。
「お母さん、こっちが赤ちゃんの頭でこっちがおしりです。
この辺が心臓に当たる部分になるんですけど、前回エコー見たときのこと覚えてますか?
この辺、ピコピコと物凄い速さで心臓が動いていたと思うんです。
でもね、今日はちょっと元気が無さそうですね。
心臓の音も今日は機械で読み取れないみたいです。」

あぁ、そういうことか。と納得すると同時に一気に血の気が引いた。
私が感じた違和感は赤ちゃんが動いていないことだった。
映像なのに、写真を見ているようだった。

「とりあえず内診は以上にしましょう、診察室でお話ししましょう。」
元の体勢に戻された。
数秒前まで成長した我が子の姿に感動し高揚していた気持ちが嘘かのように一瞬でパニック状態に陥った。
わざとゆっくり服を着ながら「でも元気が無いってことは治療すれば元気になるってことか」と訳の分からない解釈でひとまず自分の気持ちを落ち着かせた。

診察室に戻ると先生が待っていた。
「お母さん本当に残念だけどね、赤ちゃんの心臓止まってしまっていました。
残念だけど、お母さんのお腹の中で赤ちゃん亡くなってしまったみたいです。」
と静かに告げられた。
やっぱりそういうことだよね、と一気に現実に引き戻された。
涙が溢れてきて止まらなくなった。

・赤ちゃんは週数通りの大きさにしっかりと育っていることから考えると、亡くなってしまったのはここ数日の可能性が高いこと
・赤ちゃんが最初から染色体異常を持っていた可能性が高く、その場合は長く生きられないことが多いこと
・最初からつわりが軽かったのは最初からこうなる運命だったのかもしれないということ
・流産は繰り返すものでは無いから過度な心配は要らないこと
・両親に原因は無いので自分たちを責めないこと
・体内に赤ちゃんを残したままだと私の身体に負担になるので取り出す手術をする必要があること
・手術の方法と内容と注意事項について

私のペースに合わせてゆっくりと優しく伝えてくれた。
身体への負担を最小限に抑えたかったため、手術を2日後に予約し、その日のエコー写真を受け取って診察室を後にした。

写真を見る分には何も変わらない。生きてるみたいだ。
ちゃんと大きくなって育っている我が子の姿を見て悲しくて悔しくて涙が止まらなかった。
結局何も記入されなかった二度と使うことの無い母子手帳と1枚も切り取られることなく役目を終えた補助券を受け取って帰宅した。

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