⑤空っぽになった私

私は夢を見ていた。
娘と遊んでいてたくさん笑い合う夢。
日常の中で感じる些細な幸せをかき集めたような夢だった。

「...気づきましたか?大丈夫ですか?」
肩を叩かれてぼんやり目を開けた。
「あぁ、そっかここか、、、」と天井に映る映像を見て現実に戻ってきたことを理解した。
もう少し幸せな夢を見ていたかった。
まだ意識が朦朧とする中で医師が口を開いた。
「無事に終わりましたよ。」
その一言で、本当に終わったんだとわかってまたすぐ涙が出てきた。
私の短い妊婦生活は終わった。
その後何かを言っていたがそれどころではなくなってあまり覚えていない。
もう赤ちゃんはどこかに行ってしまった。
私はもう2度と赤ちゃんに会えないし触れられないんだと実感した。
その後助産師さんにもうしばらくここで休んでくださいね、と告げられ空っぽになった私は本当に1人きりになった。
そこからは天井に映る魚を見ながら泣いていたのか、魚を見ながら泣く夢を見ていたのかは覚えていない。

しばらくすると助産師さんが様子を見に来た。
だいぶハッキリしてきましたか?と。
トイレに行く様指示され、見守られながらフラフラと廊下へ向かった。
徐々にいつもの感覚が戻ってくるのがわかった。
また手術室に戻るころにはいつもの私になっていた。
その間助産師さんと他愛もない会話をした。
私は覚えていなかったが、私が娘を産んだ時のことを覚えてくれていたらしい。
「娘さんは元気ですか?」
「あの時は髪の毛長かったですよね?ずいぶん切りましたね!」
とか。(切ったどころじゃない)
その時久しぶりに笑った気がした。
覚えていてくれたことに驚いたし、本当に嬉しかった。
今日この人に会えて良かったと心から思った。

着替えて手術室を出ると、ちょっとした休憩室に温かい紅茶とお菓子とジュースが綺麗に用意されていた。
「本当にお疲れ様でした。糖分補給して元気になって下さいね。」
と言われ嬉しくて泣きそうになってしまった。
こういう時に飲む温かい紅茶は本当に暖かい。
身体に染み渡る感覚を味わった。
別にお腹は空いてなかったが、とりあえずお菓子を口に入れてぼんやり雲を眺めていた。
改めて手術が終わって、本当に全部終わっちゃったんだな〜と思った。
下腹部が痛む感覚で私はもう1人になってしまったことを実感した。
これは娘を産んだ直後と同じ感覚だった。
子宮が元のサイズに戻ろうとしている、後陣痛と呼ばれるもの。
中身が空っぽになった証拠だった。
そんなことを考えながらただただぼーっと過ごしていたらTシャツがびしょびしょになってしまった。
助産師さんから声を掛けられたので急いで身支度をして最後の診察を待つことにした。

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