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おかっぱというヘアスタイルの話

「今年はボブが流行るらしいよ」と言えばスタイリッシュなのに、おかっぱと言ってしまうと急に野暮ったさが増します。同じものなのに。そもそもなぜ、”おかっぱ”なんて、きゅうりが似合いそうな呼称なのかと調べてみたところ、もしやと思っていたそれでした。河童から来ているそうです。てっぺんに皿を乗せたあのスタイルは、確かにおかっぱです。ご丁寧に、河童に御などつけて、御河童とな。

どの長さまでがおかっぱ?

おかっぱというと、真っ先に思い浮かぶのが、岸田劉生の「麗子像」という人も多いのではないでしょうか。あのインパクトたるや、髪型というか子どもながらに何かを達観したかのような顔に焦点が行ってしまいがちですが、麗子さんはじつに完璧なおかっぱです。あの時代の女児はおかっぱと相場が決まっていたのでしょうが、おかっぱの模範生と認定します。
さて、どこまでの髪の長さをおかっぱというのか、その定義があるのかどうか、Wiki先生に聞いてみたところ。
「おかっぱは、一般的に前髪や両側を切り揃えても、髪が襟首より長くなるとおかっぱとしては扱われなくなる場合が多い。また、後髪が襟首辺りで切られている場合でも、均等に切り揃えられていなければ、おかっぱとは見なされない場合もある。」
とのこと。襟首までの長さであり、均等に切り揃えていなければダメ。広いようでそうでもないストライクゾーン。これは美容師にとっては面白くないヘアスタイルナンバーワンなんじゃないでしょうか。

わがおかっぱ人生のはじまり

わたしは、物心ついたころからおかっぱでした。わたしだけでなく。保育園から小学校低学年までの写真を見ると女児は余すところなくおかっぱでした。
小さな村の子どもだったわたしたちの必然でした。”学区内に唯一ある同じ床屋で髪を切っていたから”です。洗髪台には前から突っ込んでシャンプーをされるタイプの床屋。
高学年になると、ショートカット旋風が吹き荒れました。当時、松田聖子もショート、小泉今日子もショート。そのころのわたしにもちょっとした変化が。
前髪を切らないーー、これが生まれて初めての、おかっぱへの抵抗でした。ワンレンってやつです。母手作りのヘアバンドをして学校に行っていたので、他の小学校から密かに「鼓岡小学校のヘアバンドの子」と呼ばれていたとかいないとか。
しかし、中学に入ると、待っていましたの上下関係。小学生のころ一緒にだるまさんが転んだをやっていた1つ年上の子が、大人びた先輩と化し、少しでも変わったことをすると「目をつけられる」という校則外のルール下での学校生活。わたしの前髪は、また一直線に戻りました。

男の子にほめられたから

わたしがおかっぱを大きく裏切ったのは高校2年のとき。髪を伸ばしてみるということを初めてやってみて、ツインテールからのおさげ頭。女児のころからのおかっぱ頭しか見ていない近所のおばあちゃんたちに、「あらまぁテレビに出てくる子みたいだわぁ」なんて言われて、一生髪を切らないぜ、なんて思ったりしました。
しかし、受験を控えたころ、なぜか急に、おかっぱへの懐古の想いが募ってきたのです。
冬の寒い時期に、バッサリやりました。
学校の下駄箱に靴を入れていたとき、いつもハニカムだけでほとんど話をしたことがない、他のクラスの男の子に、「似合っています、きれいです」と突然ほめられました。あのときのきゅっとした気持ち、今でも思い出せるんです。別にその子を好きだったとかはまったくないのですが、相当うれしかったんでしょうね、高校3年のわたし。
じつは、そこが原点だったりして、わたしにとってのおかっぱは、男の子にほめたれたという記憶に紐づくものなのです。ほめてくれた子が、クラスの人気者とかかっこいい子とかじゃダメなんです。ハニカムだけであまり言葉を発しない子であったというところがポイントです。

司馬遼太郎になりたい

ハニカミにほめられたことを生涯ひきずるように、現在もこうしてプノンペンの片隅に暮らすおかっぱなわけですが、おばあちゃんになったら、司馬遼太郎みたいになりたいと思っています。司馬遼太郎はおじいちゃんだろうが! というお声は置いておいて。白髪のおかっぱって、めちゃかっこいいなと思って。
遺伝を考えると、わたしは真っ白にはなれない気がしますが、そのときは、グレーでもピンクでもなんでもやってやろうと思っていて。ただ、黒縁のでっかいメガネは外せないな、と思っているのであります。

本日夕方美容院を予約しています。
おかっぱはこう見えて、結構メンテナンスが必要なヘアスタイルだったりするんですよね。

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