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わたしが手紙を愛する理由

手紙は中国語でトイレットペーパーって意味だそうですが、そっちではないですよ。

便利の上を行くもの

EメールもLINEもメッセンジャーもtelegramも、そりゃー、すばらしいツールです。瞬時に連絡とって、お返事のお返事のそのまたお返事も、その場で送り合えるんだから。もはや生活必需品。便利、ベンラー、ベンレスト!
それでも手紙には、便利を超えたすばらしさがあります。
わたしにとっての手紙のすばらしさのひとつは、便せんやはがきを選んで切手を貼って送り出す手作業による育み感。相手を想いながら選ぶ行為はデジタルには決して変えることができない便利の上を行くもの。
ポストに入れて送り出したら出したで、「既読」なんて知らせがないからイライラすることもありません。お返事を待つ間のわくわく感。お返事が届いたのを確認してから封を開けるまでのどきどき感。ポストから郵便局、そこから車や飛行機で運ばれて、いろいろな人の手をすり抜けて、やってきた、薄汚れたり濡れてボヨついたり傷ついたりした、その感じがまた、いいのです。

心揺さぶるもの

手紙には心が揺さぶられます。
たとえば、ラブレター。わたしはラブレターを書く人だけど、もらえないのが残念。絵文字だらけのLINEより、男性が書く手紙はキュートなのになぁと思うんです。
手紙は個性の塊です。葉書や便箋、切手を選ぶこともそうですが、文字一つとってもまるっこいとか、とがっているとか、筆圧が高いとか、右に傾いているとか、個性があって、キーボードでは、到底かなわない表現力を持っています。文字には顔があって、この人はどういう気持ちで、書いたのか、それが手紙からは浮き出てきそうに感じるんです。だから、手紙が好き。

届いても知らせないでほしい

わたし個人の勝手な嗜好ですが、手紙を出した後、「手紙が届いたよー」とLINEで決して知らせないでほしいんです。返事が来たときの胸の高鳴りが半分の高さになっちゃうからです。届いたかなぁ、まだかなぁ、と思いを巡らす時間も楽しいもだし。恋愛して付き合うのも別れるのもLINEで済むという世の中にどうも馴染めません。既読スルーだのなんだの、そういうストレスは無駄。人が生きているテンポも、物事の優先順位も、みんなそれぞれ違うから、せかせかしてもしょうがないですよね。
逆もそうですが、手紙を出した後、「手紙を出したよー」のお知らせもできれば無い方がいいと思っています。ポストを開けた時の、うきゃっというよろこびも半減してしまうからです。

宝の箱

わたしはかれこれ5年、プノンペン中央郵便局に私書箱を借りています。番号は1734。これがわたしの宝の箱です。この宝の箱にお手紙を迎えるにあたっては、まずこちらから送り出すという儀式があります。そのお返事を迎えに、私書箱のカギを開けに行くのがプノンペン生活の楽しみのひとつであったりします。
入っていたらうれしい。けど、からっぽだったら、さみしい。よろこんだりがっかりを味わえる箱なのです。
一見ただの汚いロッカーですが。

プノンペン中央郵便局の私書箱

お手紙が届かない状態だと、宝の箱の持ち腐れ。活用しないともったいないから、靴でも突っ込んでおこうかしら、と考えているのは、半分本気。
お友だちのみなさま、いつでもお手紙をお待ちしています! わたしも出しますよー。



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