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【俳句鑑賞】一週一句鑑賞 24.02.11

乾杯に遅れて木の芽和と箸

作者:野口る理
出典:句集『しゃりり』(ふらんす堂・2013)

季語は「木の芽和(きのめあえ)」で、春。俳句において「木の芽」とは、「このめ」と読むと様々な樹木の芽の総称を指し、「きのめ」と読むと山椒の若芽・新葉を指します。「木の芽和」は、叩いた木の芽を甘めの味噌に混ぜたものを、烏賊・筍などの具材と和えた料理。清々しい香りがいかにも春らしく、日本酒がすすむ最高の肴です。

掲句もお酒の場。居酒屋でしょう。「木の芽和」が出るあたり、チェーン店ではなさそうです。注文したお酒が揃い、とりあえず「乾杯」。その後すいと出てくる「木の芽和」は、お通しかもしれませんね。なんと粋で素敵なお店なのでしょう。
季語と並列する形で置かれた「箸」。この一語で、場面の想像がぐんと広がります。「遅れて~箸」ということですから、本来ははじめからあるべき存在なのでしょう。「あれ、お箸一膳足りないですよ」「あら、すみません。すぐお持ちしますね」そんなやりとりが聞こえてくるような。お詫びにちょっと「木の芽和」の筍が多かったりしてね。
あるいは、遅参の客が一人いたのかも。追加のお酒を出した後、追加のお通しと、追加の「箸」。飲みの場に遅れて来るというのは、出来上がっている空気感にすっと馴染むのが難しいこともしばしば。そこに粋なメニューを出され、ふっと心が落ち着く感じ。「さあ、召し上がれ」と差し出される「箸」をきっかけに、店員さんとの会話もあるかもしれません。そうして、飲みの場に自然と入っていけるのです。

体験した出来事をそのまま十七音にしたためただけでも、詩になることがあるというのが俳句の面白いところ。それは、出来事のうちどの瞬間を切り取るのか、そして何を言わないでおくのかがポイントなのだろうと思います。掲句は、「あ、この瞬間を詠もう」と思えるアンテナがまず素晴らしく、状況を一発で分からせる前半の語りの上手さ、季語と「箸」というモノに語らせる余白作りの上手さが光ります。こんな滋味のある佳句を、自分も詠んでみたいと思わせてくれる作品でした。

句集『しゃりり』は、表題作「友の子に友の匂ひや梨しやりり」のほか、「三階の水着売り場の狭さかな」「秋立つやジンジャーエールに透ける肘」「冬の雨背なに背もたれ手に手すり」など、切り取り方が新鮮な作品がたくさん載っている、素敵な一冊です。ぜひ読んでみてください。

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