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菅野祐悟作曲 サクソフォン協奏曲の初演を聴いて

緊急事態宣言下の2月13日、サントリーホールで行われた、藤岡幸夫さん指揮・東京シティフィルの定期演奏会で、クラシックサクソフォンの第一人者須川展也さんをフィーチャーした、菅野祐悟さんのサクソフォン協奏曲の初演が行われました。
菅野さんは、トロンボーン協奏曲、2曲の交響曲に続いて、4曲目の純音楽作品(この言い方も古い気がしますが)ですが、これが本当に素晴らしい曲でした。

全体は3楽章構成で、それぞれの楽章の解説に「桜」や「紅葉」「宇宙と精神」というような言葉が使われていますが、特に表題はないものの、鳴り響いた音楽からは、人間の存在全体を扱おうとしているようなスケールの大きさを感じました。

人間の生きる空間は、技術の進歩とともに、森や草原から、村や町、そして都市、場合によっては、深海や宇宙まで拡張してきました。
そこまでは、人間の五感で意識、或いは想像できる世界であったのが、今世紀になり、サイバー空間の登場で、意識そのものが変革を迫られていることを感じます。今回のサクソフォン協奏曲は、その現代の我々の意識を、オーケストラというある種古典的な道具を使って、存分に表現した作品に思えました。
オーケストラは極めてオーソドックスな編成ながら、そこに生まれる響きは、美しい日本の風景から宇宙空間、そしてサイバー空間を行き来するように縦横無尽に音が飛び交い、見たこともない風景を現出させていました。
そしてソリストは、ロマン派の協奏曲のように無敵のヒーローではなく、名技は披露するものの、壮大な空間の中で、時にはオーケストラに翻弄され、逡巡する、孤独な一人の人間としての叫びを表現しているようでした。
もちろん、そこには、須川展也さんの持つ強靱なテクニックと精神の力が感じられるのですが、それをもってしても、人間は弱く儚い存在であることを、この作品は表しているように感じられました。

一部の「現代音楽」のように、手法や理論が一人歩きして作られた感じがしてしまう部分は全くなく、徹頭徹尾、人間の感覚に基づいて作られていることが感じられ、だからこそ、深く聴き手の感覚を揺さぶります。

須川展也さんといえば、世界中のサクソフォン奏者の大切なレパートリーである、吉松隆さんの「サイバーバード協奏曲」の初演者(というよりは、彼のために書かれた)ですが、昨日は、また新たな名曲が彼の存在によって生み出された瞬間でした。第一人者とは、単に音楽的に素晴らしいだけではなく、その楽器のあり方をアップデートしていく人なんだと、改めて感じた機会でもありました。

今回、この作品が、オーケストラの定期演奏会で初演されたことも、意義深いことだと思います。しかも昨日はソールドアウト(コロナ禍で満席ではありませんが)でした。
歴史に残る数々の名曲とともに、新作が(特に日本人の)このように披露される機会は、きっと今後も増えていくのではないでしょうか。

菅野祐悟さんは、これからもトップソリストから委嘱された協奏曲が控えていますし、劇伴だけではなく、クラシックの世界でも、新作が待ち望まれる作曲家になってきました。
新作の初演にわくわくする状況が生まれることが、音楽界の活性化にも繋がりますし、私もその動きに少しでも協力できればと思っています。

ちなみに、今回のコンサート、ライブ録音していますので、まずはデジタル配信で、年内にはリリースしたいと思っています。是非ご期待を!

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