香港で170万人デモ 街を占拠 - 凄まじい熱気。1年住んだ者としての驚き。

 何でも関わりがあることが多い「損切丸」、実はまだ香港が英国領で中国返還直前の1994~1995年に1年間住んでいたことがある。2019年になってこんな170万人のデモを起こすような事態に陥るとは...正直驚いている。

 国籍は「イギリス」だと聞いていたので、てっきり英語さえできれば生活には問題ないだろう、と思って転勤したがとんでもなかった。タクシーに乗って英語をしゃべっても全く通じないし、ローカルなレストランでは注文もままならなかった。それで奥さんとともに広東語を学ぶ必要に迫られたが、これがなかなかの難物。香港通の方はご存じと思うが、5声とも7声とも言われ、同じ音でも声の高さが違うと全く違う意味になってしまう。それでも最低限の買い物用語などは取得して、まあ何とか生活はできるようになった。

 仕事では香港支店のディーリングルームに配属されて8人のローカルスタッフを率いる立場になった。ローカルの女性スタッフは人数も多く、何より仕事ができた。物言いもはっきりしていて「お茶汲み」など頼もうものなら「This is NOT my job」とビシっと断られたものである。比べて男性スタッフは総じて優しい感じで、悪く言えば少し頼りな気だった。

 聞けば香港は女性の数が少なく相対的に社会的地位も高いという。驚いたのは女性スタッフの誕生日にはたくさんの花が贈られ、デスクは花に埋もれるような状態だったこと。何でも香港では女性が少ない影響もあって「お嫁さん」獲得競争も激しく、またお花の値段が日本に比べて格段に安いことからこのような現象がよく起こるのだという。当時の啓徳(カイタック)空港の出口を出ると、大きな花束を持った男性がいつも多数出迎えに来ていたのが印象的だった。(今の新しい空港はどうなんだろうか?)

 その後筆者は偶然にもイギリスの銀行に転職したので、香港のカルチャーが多少なりともイギリス流を受け継いでいたのだろうと感じたが、それから25年、1997年7月に中国に返還されてからは22年が経つ。筆者がいた頃も中国返還後の香港市場の環境激変を懸念して、1997年をまたぐ長期の香港ドル資金の調達に四苦八苦したものであるが、実際は「一国二制度」は順調に導入され、懸念されたような大混乱はしばらく起きなかった。

 「ドルペッグ制度」=香港ドルを米ドルに連動させる為替管理制度も何度かマーケットの攻撃対象になり香港ドルが売りを浴びた(現在も起きているらしい)。その影響で香港ドルの金利も100%ぐらいまで跳ね上がることが散発的にあったが、深刻な事態には至らなかった。

 香港のマネーマーケットは独特で、日本の金融庁にあたる香港金融管理局HKMA、Hong Kong Monetary Authority)が「ドルペッグ制度」などを管理しているが、日銀のようないわゆる中央銀行がない。その代わり3行の民間銀行=香港上海銀行、中国銀行、スタンダードチャータード銀行が香港ドルの発券銀行として業務を行っている。

 お金には大変厳しいが、総じて暴力とはほど遠いイメージだった香港。そこでこの激しいデモがおきるのは、余程の環境変化があったのであろう。これまでも何度か下落局面を凌ぎながら、長年に渡って上昇し続けてきた香港の不動産価格も近年下落に転じているという。このような「変化」もデモの発火点の一部になったのかもしれない。

 現地の人が教えてくれたが、中国では50年周期で経済の中心が「香港」と「上海」を行き来しているそうで、その象徴になっているのが腕の良い料理人の移動だという。例えば四川省出身の鄧小平が主席の頃は文化、経済の中心は香港であったので、当然香港が食都としても栄えた。そして現在は北京出身の習近平政権。歴史に習い、食、文化、経済の中心は上海に移りつつあり、香港に様々な悪影響がじわじわと出ていたことは間違いない。

 特にイギリス流が浸透していた香港にとって中国流の共産主義がずけずけ入ってくることは我慢ならなかったのだろう。逆に中国政府は時間をかけて様々なものを香港から奪っていく過程の中でこのデモが起きた。皮肉にも1989年6月の「天安門事件」で武力行使を指示したのは香港に近い鄧小平であった。今回は北京出身の習近平がこの香港の騒乱にどう対処するのか、世界中が注目している。「天安門事件」の再現は御免である。

 誰かが香港のデモと比べて韓国のデモは官製の「学芸会デモ」だ、と言っていたが全くその通りだ。切迫感も熱気もまるで違う。報道する価値も高そうな香港のニュース、日本のメディアがあまり取り上げないのはなぜなのか。中国への忖度だとしたらそれはジャーナリズムではないだろう。これでは「日本は報道の自由度が低い」という評価の改善は見込めまい。

 筆者は就職当時マスコミが第一志望で、その後仕事柄記者さん達とのやり取りも多かったので、期待もこめてメディアには時々辛口になってしまう。やはり事実や真実に裏付けられていないものはデモでも報道でも力強さに欠け説得力がない。今後日本が国として一皮むけて成熟していくには必要な要素なので、メディアや記者の方々には本当に頑張って頂きたい。

 「損切丸」はお金のことを中心に書いているが、実はお金は背景となる文化と表裏一体でもある。投資などを考えるとき、リスクとしてこのような社会情勢の変化は見逃せないポイントであり、短期的な上がった、下がったの判断とは別のレベルで注視していくべきだと思う。

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