珈琲と煙草、4つの掌編①

「スターバックスって禁煙じゃない」
 彼女が言った。
「うん。全席禁煙」
 大きな紙コップにはいったブラックコーヒーからは、熱く香ばしい、独特のいい香りが漂ってくる。

 彼女と付き合いはじめて間もなく、彼女は俺の部屋を1週間に3、4回は訪れるようになった。
 近所のスタバのコーヒーと、コンビニで買ったお菓子を持って。

 狭いワンルームで、小さなテーブルを挟んで座り(初めて遊びに来た日、こういう部屋でこうやって座ってんのってメトロン星人みたいでなんかうける、と彼女は言った)俺たちはコーヒーを啜りながら、お菓子をつまんで、煙草を吸う。俺はマルボロ、彼女はブラックストーンバニラ。

 彼女の吸うブラックストーンは、リトルシガーだからか、けっこう強烈な甘い匂いがする。バニラというか、外国のチョコレートにヤニくささを足したような匂い。俺は正直、その煙の強い匂いが、ちょっと苦手だ。
 彼女はコーヒーには何も入れない。砂糖もミルクも。俺はどちらも入れる。入れないと苦すぎて飲みづらい。彼女は「コーヒーとか、紅茶もそうだけどさー、中途半端に甘くしたら不味くない?」などと言うが、そんな甘ったるい煙草を吸ってるお前が言うか、と思わなくもない。
 そして、きょう彼女がコンビニで選んできたお菓子は、めちゃくちゃ辛いスナック菓子と、スルメだった。コーヒーと一緒に食べるようなものだろうか。普通はクッキーとかチョコとか、そういうもんを買うんじゃないだろうか。

 そんな感じで、俺と彼女は、好みが一致することはあんまり、ない。

 でも。

「そう、全席禁煙じゃん、スターバックスは」
「なんかテラス席で吸えることとかもあるらしいけどね」
「でも、あんま見ないよね」
「うん」
「だからさ」
「うん」
「スターバックスのコーヒーをテイクアウトして、どっか別の場所で煙草吸いながら飲むのって、なんか気分いいんだよねー。なぜか、シアワセ感じる」

 彼女はそんなことを言って笑った。

 俺も、笑って言った。
「ああ、それは分かるわ、俺も」

「あ、分かる? よかったあ」
 そう言いながら、笑顔でコーヒーのカップを口に運ぶ彼女を見ながら、俺はさっきの彼女の言葉とは違う意味での「シアワセ」も、じんわり感じた。

 それぞれ好みが違うから、これからいろいろたいへんなこともあるかもしれないけど。

 彼女曰くの「なんか気分いい」「シアワセ感じる」こんな時間を共有できるなら、そう悪くないかも。

 ミルクと砂糖入りのコーヒーを啜り、マルボロをふかしながら、俺はそんなふうに考える。