本を読む。

 本を読む。アン・シャーリー、マーチ家の四人姉妹、ハンス・ギーベンラート、ホールデン・コーンフィールド、など──彼女らや彼らの世界に入りこんでいるときだけ、わたしはらくに呼吸できる。
 生身の人間として、ほかの生身の人間と過ごす生活は苦痛だった。みな臭うし、耳障りな音や声を絶えず発するし、触れるとべたっとしたりがさがさしていたりする。自分もそうなのだ、と思うと苦しい。家族との時間はより苦しい。家族の絆は本のなかでも特別とされていることが多いけれど、母親だって臍の緒でつながっていただけの他人だと思うと、生臭さが急に強く嗅覚を刺激して吐きそうになる。齢をとれば変わるかもしれない。けれど10歳のわたしには、それははるか先のことに思えるし、それでほんとうに変わるかどうかもわからない。
 わたしはわたしがこんなふうに考えていることを誰にも話したことがない。話せない。ただ、きょうも、ひとりで本を読む。ひとりで。