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クレームの達人になったら軽やかに生きられるのかも

その朝は、ゴホゴホと咳こみながらパソコンに向かっていた。しんどい。でも納期は守りたい。

ボロボロのわたしに、欠伸をしながら階段を降りてきた夫が言った。
「ベッドで寝ないと背中が痛い。早く治して」

カッチーン。
知らんわー!

風邪をうつすと悪いので、いつもは夫が寝ているベッドを借り、夫は息子と布団を並べて寝ている。

背中が痛ければ(自分で考えて)マットレスをもう一枚敷いてください。もう大人なのだから。
( )の中と最後の一言は、心の中で毒づいた。

朝食を並べながらも、怒りは収まらない。
なんという無神経。夫が同じことを言われたら、ヘソを曲げるに違いないのに。

だいたい体を壊す頻度は、夫のほうが圧倒的に多い。やさしくカイゴされてきたのを忘れたのだろうか。息子からもらった手足口病が悪化したときなどは、数週間にわたりお粥やらうどんやら特別メニューを作ってあげた。

女は愛する人のため、自分を犠牲にして頑張ってしまうところがある。ただし無理をした分覚えているし、必要があれば簡単に取り出せる引き出しにしまうのだ(女全般ではなくわたしだけだったらごめんなさい)。年を追うごとに引き出しは増えていくので、軽い気持ちで言葉を放った夫は猛反撃をくらうハメになる。

実は他にも不満があった。夫には変なポリシーがある。わたしの在宅仕事が切羽詰まっているときは、絶対に家事を「手伝ってくれない」のだ。逆に仕事に余裕があり、忙しく掃除しているときなどは、積極的に手伝ってくれる。
ありがたく思っているが、正直逆にしてほしい。逆にするとわたしが仕事に没頭し、家事をしなくなると思っているのかもしれない(その可能性はある)。

ここ数日は、本当に体調が悪かった。それでも納期の迫った仕事を片付け、テレワークの夫の昼食を作った。弱っているときくらいは、皿の一つも洗ってくれたらよいではないか。咳込みながら炊事するマスク姿の妻をみて、何も感じないのか、あるいは眼中にないのか。

今日は言いたいことをイッテヤル。

いよいよ積年の恨み(?) を晴らすのだと鼻を脹らませていたのだが、
夫の一言で怒りが引っ込んでしまった。

昨日は木曜日だったんだね。『プレバト!!』見逃しちゃった。
何気なく、楽しみに観ているテレビ番組の話をしたときのこと。夫は言った。
「録っておいたよ」

たったそれだけ。にもかかわらず、わたしの胸は温かくなり
「わあ、うれしい。ありがとう!」
と感謝を伝えていたのだ。

マグマのように煮えたぎっていた怒りは、スーッと引いている。

われながら可笑しく、なぜだろうと考えた。もしかすると、夫の心の中にちゃんと自分がいることをうれしく思ったのかもしれなかった。気遣いの欠如以上に「ベッドで寝たいから」と言えてしまう、わたしへの関心の薄さに腹がたっていたのかとしれない

人間って他愛ないものだな。

冷静さが戻り、考えはじめる。
夫は悪い人じゃない。
「その言い方はないんじゃない?」と、できればユーモアを混ぜてその場で伝えていたら、あっさり謝ってくれたかもしれない。クレームは遅れるほどにぎこちなくなり、空気も悪化する。

千鳥の大悟さんの浮気が報道されたとき、奥さんは次のようなことを言ったそうだ(※事実は確認していません)。

「死ぬ気で笑いに変えてこい」
「みんなは笑うかもしれない。でも、ひとりだけ笑っていない女がいるのを忘れるな」

なんて切れ味のよいクレームだろう。愛情とユーモアがあり、本質をついている。懐の深さに拍手喝采したくなる。

不満の種は熟成させない。どろりとした感情をその場で成仏させられれば、軽やかでいられる気がする。

目指すは一流のクレーム術。
そのためには、言葉選びとタイミングが大切だ。
しかるべきときにスパッと気持ちよく切れるよう、反射神経とユーモアを鍛えておこう。

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