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2022年J2第19節横浜FC-レノファ山口FC「筋書きのない」

試合が終わってもスタンドから横浜のサポーターは中々帰ろうとしなかった。謙介が来るのを知っていたからだ。加入当初からチャラくて、気怠そうに歩くのはずっと変わらない。そんな謙介がみんな好きだった。スタンディングオベーションで出迎える。これまで対戦チームに移籍した選手が、試合後横浜のゴール裏に挨拶にきたことは数えきれない程ある。近いところでは岩手では石井が、徳島戦では一美が横浜のゴール裏にきた。比較するものではないと思うが、その時とは比べ物にならない数の人が残り、そして出迎える。勝利した直後の拍手よりも大きな拍手が鳴りやまなかった。
(ちなみに関も来たが、謙介を待っているサポーターが多いことを理解して少しお先にと挨拶をしたら小走りに戻っていった。彼なりの気の遣い方なんだと思う。)

決戦前夜

盛岡戦が終わると、横浜界隈は山口戦に向けてざわついた。ハマのヴァンディエラと呼ばれた佐藤謙介との対戦が控えていたからだ。彼は中央大学を卒業して横浜一筋、挫折も苦難も乗り越えて10年かけて横浜をJ1に昇格させた中心選手。そこからさらに新しい横浜と彼の物語が続くと思いきや、当時の指揮官やクラブからの評価が大幅に下がったことで、サポーターには惜しまれながらオファーを受けていた山口に移籍を決意。シーズン最終戦でキャプテンマークを巻いた彼の涙が悲しき別れを予感させた。そして新型コロナの影響もあり別れの言葉も聞けないまま、2021シーズンから山口でプレーすることになった。

その彼の背番号8を受け継いだのが齋藤功佑。今季横浜の攻撃の要に成長。今シーズンも彼が欠場するとチームは攻撃の核を失ったかの様に、ゴールが奪えなくなったり、相手を剥がして前進することが難しくなったりと今や中心選手に成長。その2人の対決を楽しみにしていたサポーターも多かったはず。功佑が謙介を上回るプレーを示したら、横浜のサポーターも少しは溜飲が下がるだろう。

すれ違いの

ところがその注目のその2人の対決は、試合が始まる前に終わってしまう。終わる前に、始まることもなかったが正しいか。当初は2人ともスタメンに名前を連ねていたが、齋藤がウォームアップ中の負傷により試合前に離脱し手塚がスタメンに名を連ねた。横浜サポーターが待ちわびた背番号8番対決は消滅。ゲームの半分くらいの興味は削がれてしまう結果に。すれ違いの背番号8となった。

さらに山口・橋本は横浜FCユースでは齋藤の2年後輩で、彼との闘いを楽しみにしていたサポーターも多かったが、それもご破算に。アウェイ山口での対戦まで結果はお楽しみにか。

2020年下平監督に評価された手塚とのマッチアップなのも興味深い。手塚は手塚で、重用した下平監督が2021年リーグ戦9試合未勝利のまま解任される。そして負傷して夏以降欠場したままリーグ戦を終えてJ2降格。謙介が移籍した当時手塚へやっかみの声もあったが、彼は今は四方田監督の元で結果を出さないといけない。謙介は当時オファーをくれた渡邉晋監督が昨年シーズン途中で退任。後任の名塚監督の元で信頼を得ないといけない。監督の采配や戦術に選手の起用は大きく左右される。サポーターは勝手に色んなシチュエーションを思い浮かべるが、選手の悲哀も同時に感じていた。それでいて謙介が手塚をいきなり削ったのは何だかんだ人間らしいなとも。

予想通りの展開に

手塚が入ることでボールの散らしは増えるが、縦への攻撃傾向は減る。ハイネルは前節に引き続きスタメンで、彼のボール運びは独特なリズムで、技術としなやかさでボールを運べていた。やや単調な裏へのボール出しが続くが、前節に続いてスペースがあるなら狙うのは前線にサウロ・ミネイロがいるからだろう。ブロックを作った相手に、ボールを回しているだけでは崩せず、状況によってこうしたボールを組み合わせていくのは、岩手戦からみられる傾向でこれまでのボールを握る戦いところから修正していると思う。

前半流れは横浜。山口に大きなチャンスを作らせない。山口は5-4-1の守備で横浜と対峙したため、相手のサイドの上がりが少ない。ボールを奪って、サイドに預けるがハイネルがこの面倒を見ることで守備陣が整う時間もあり、前半山口の攻撃には迫力を感じなかった。時間が経つにつれてアッタキングサードから前には簡単にボールを運べない。ただ、こうした流れは先制点が欲しい横浜には嫌な展開で後半体力が落ちる前にゴールを奪わないと、熊本戦の様に後半苦しむことになる。

さてその佐藤謙介は、ボールに中々触れる機会が少なかった。彼の両サイドをサウロと小川が見ているので、山口としては彼を囮にしながら田中がボール回数を増やしたいところだったが、横浜の守備陣は崩れなかった。

ジリジリと

後半想定通り横浜のペースが落ちる。山口GK関ですら「止まるから前に」と指示を出している。後半横浜の運動量が落ちるのは、もうどのチームもある程度スカウト済み。前半耐えて後半攻め立ててゴールを奪いにくる。
横浜はオフサイドはあまりとられないチームだが、この日は裏への飛び出しの意識が強く山口のディフェンスラインの背後を狙い続けた。前線にサウロがいる影響もあるが、ハイネルも裏にボールを入れたりとラインを破る狙いは明確にあった。後半前に出たい山口、その山口の裏のスペースを狙う横浜の間で、ジリジリとした戦いがあった。暑さでジリジリしただけではなかった。

後半37分には、横浜も山口も同時に3人代え。佐藤謙介もここで退いた。感傷に浸る時間はこれで終わり。試合をボーッと見ていたのは暑さだけはなかった。残り8分間は心置きなく戦いに集中できる時間になった。大卒で加入した選手を生え抜きと呼ぶのが適切かどうかはわからないが、少なくとも学校を卒業して10年一度も他のクラブに行くこともなく横浜だけでプレーをし、J1昇格に貢献した選手は彼しかいない。現在横浜FCのC.R.Oを務める内田智也でも高卒加入から6年で移籍している(このケースは降格後に移籍だから事情はやや異なるが)。そういった選手に特別な思いがあるのは仕方ない。彼が退く時の拍手の大きさがそれを示していた。

夢から目覚めた

佐藤謙介が退いてからが本当の戦いだった。山下の突破が俄然輝きを増す。山口の左サイドを三度駆け上がる。1度目は止められ、2度目は走りこんできた渡邉に絶妙のスルーパスを通して決定機を演出。渡邉はシュートを放つが、間合いを詰めてきたGK関に止められる。それでも、後半44分山口・島屋のパスミスを奪った伊藤が右サイドに展開。山下がパスを受けて持ち上がるとクロス。
中央で伊藤がトラップしかけたボールがオーバーラップしていた亀川の前に転がりそのまま左足を振りぬいて決勝点を決め切った。

「(ボールが)来なかったら、戻ればいい」上下動のスプリントはサイドバックの選手の宿命。自分がプレーをしていた時は、この上下動が嫌いで真っ先に諦めたポジション。それをこう言って退けるのは恰好いい。途中交代で出場してフレッシュな状態だったとは言え、最前線に走りこんで相手に跳ね返されたらカウンターで戻る距離も長くなり、よりスプリントするスピードも高くしなければならない。
そうしたリスクよりもゴールに向かう姿勢で決めたのが値千金のゴールだった。

横浜のサポーターは、齋藤が、あるいは謙介がゴールやゴールに導くプレーで活躍した上で横浜が勝利のシナリオを描いていたかもしれないが、実際は齋藤は欠場し、謙介も大きな結果は出なかった。これまでゲーム終盤に失点していたのと打って変わって、DFが後半アディショナルタイムに決勝点を叩き込む劇的な結末。1-0でそのまま横浜は逃げ切った。よく見るとクロスと小川は合わず、伊藤が収めようとして出した足に当たってその場でバウンドしたボールを亀川はシュートしている。小川が伸びきった状態でヘディングしていたら入らなかっただろう、伊藤が後ろ向きでボールをキープしていたら山口の選手に囲まれていたかもしれない。ほんのちょっとのすれ違いが決勝点を生んだ。まさに筋書きのないドラマ。

上位は僅差の勝ち点で団子状態。4位とは勝ち点差9あるとは言え、何がどうなるかわからない。でもたった一つ、勝ち点だけは裏切らない。選手の移籍や加入もある。負傷欠場、累積警告もある。でも勝ち点だけは変わらない。これを必死に積み上げていく。ドラマに筋書きはなくとも、求めているフィナーレは一つだけ。1年でJ1に戻ること。


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