鮭茶漬けが食べられない

恋愛映画、ふわふわのパンケーキ、観覧車……はじめてのデートといえばそんなベタなものばかり浮かんでくる私は凡な人間だけれど、実際、当時16歳だった私が、好きな人とはじめて2人で過ごしたのは居酒屋だった。相手は30歳。

「本当にここでいい?」ちょっと困ったように言った彼はでも、嬉しそうにビールを頼んでいた。私はお茶。ちょっとだけ彼の日本酒をもらったけど全然美味しくなかったのを覚えている。

「なんでも好きなもの頼みな」そう言ってメニューを渡してくれたけれど、さて困った。緊張しすぎて、彼が目の前にいることに胸がいっぱいすぎて、なにも食べられる気がしない。メニューをめくっていくと、唯一、食べられそうなものを見つけた。

「……えっと、わたし、鮭茶漬けにします」

それを聞いた彼は怪訝な顔をして、

「え、いきなりシメ?」

と言うのであった。

居酒屋という場所で何をどう頼むのか全く分からない私。なにか変なことを言ってしまった!と繊細な乙女心は大撃沈。

そんなわけで注文は彼にすべて託すことになり、バランスのよい感じに並んだ料理たちを無理やり胃に流し込みながら、私はポツリポツリと相談事を話して(それが今日の目的なのだった)場は進行していった。

ひと通り食べて飲んで彼の頬も少し赤くなってきた頃、彼は「あ、そうだ!  ごめん」と言ってから店員さんを呼んで、「鮭茶漬けください」と注文した。

「食べたがってたから」とニッコリ笑う。優しい。眩しい。

でも、運ばれてきた鮭茶漬けを目の前に、私は、またしても困ってしまう。ただでさえ食事が喉を通らない状態なのに、気を遣って彼の頼んだ料理を詰め込んだあとだから、まっっっっったく食べる気になれないのだった……。

放置され、どんどん水分を吸収して膨らんでいくご飯粒を眺めながら、私は「初恋は実らない」の意味を、噛みしめるのだった。

今ではすっかり、近所のお店のビールとホッキ貝のガーリックソテーなんてメニューが大好きな私。時々、鮭茶漬けをシメに頼んでは、思い出をつまみに最後の一杯を楽しんでいる。




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