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制作記録23/1/17:夕暮れを描こうと思って

まだ下描きすらできない段階で
頭の中にあるイメージ全体の配色を紙に出してみてから
イメージのような絵にできるのか、といつも計画をたててみる。
大概は頭の中にある通りにはならない・・・残念。
残念がっていても今の画材を上手く使えるようにはならないので、なんとかイメージに近づくように画策する。

ギャラリーハウスMAYA2さんでの展示のためのイラストレーションをどうするか…。
最近は明るいトーンのお仕事が続いていて、こんな時は反対に、暗いものや明暗が同居するコントラストの強いものを描きたくなるもので、
夕暮れを描きたくなった。
じゃあ何処の夕暮れにしようかなあ、と考えていたら故郷の赤城山が夕暮れに染まる景色が頭に浮かび、
「山の夕暮れかあ・・・私が描くと古臭くなりそうだ・・・」
と頭の中で一人会議が始まる。
それで、今の生活圏で見る夕暮れ写真をいっぱい撮ってみたのだけど、
赤城山に後ろ髪を引かれてしまう。

群馬生まれの群馬育ちならば、一度は描いておきたい山(かもしれない)。
そして、赤城山と言えば「赤城おろし」。
自分の部屋の障子を開ければ赤城山が裾まで見えるようなところで育った。実家を出てもう30年経つのに、まだしっかり記憶がある。
(そうか、30年経ったのか・・・。)

真冬の赤城山で夕暮れを描いてみたい気がしてきた。
夕暮れの色といえばピンクやオレンジ、茜色…と様々。
たまには激しく燃えるような色を使ってみようかと濃いオレンジ色で太陽光の反射の色を描いたら山火事のようになってしまった(笑)。

サイレンが鳴り響いていそうな災害の絵みたい

「違う、そうじゃない」…(←最近、薄ら流行ってきてる?)

私の中の赤城山は、厳しく大らか。
厳しいと感じるのは強烈な冬の「赤城おろし」のせい。
高校までの自転車通学(片道約7km)で、特に帰りは向い風でなかなか前進できないうえに、冷たく砂埃を含んだ風が顔や手足にバチバチ当たって、目にも砂が入って痛かった。

私の脳裏に焼き付いているのは、目をつむって自転車を漕ぎながらチラチラ覗くその視界の右側に、赤城山はデーンと静かに居座って、寒気団の鉛色の雲を背負うようにじーっとしている光景。
赤城山は日本海からくる極寒の強風を塞いでくれている。
赤城山はやっぱり優しい感じのピンク色に染まっているのがお似合いなんだ、ということで、ピンクを増やしたら一度目よりはマシになった気がする。

2回目イメージ出し。穏やかになった夕暮れ。

山火事感は減り、穏やかさが出た2回目のイメージ出し。
でも、鉛色の空気感も北風も感じない…。
いくら夕暮れでも、黄色が強すぎるとやっぱり暖かさが出てしまう。
雪山もけっこう、ムズイ。
今は絵の具を使って描く気がしないので、後から白を塗ればいいってもんじゃなく、ひたすら塗り残すわけですが、これが相当気を遣う。

雪山を描くのに疲れてきて気分転換に大都会の駅のホームのイメージ。
こっちのが少しラクかな…。

何となく夕暮れの駅のホーム

近頃は、「コレ」といった形のある建造物より、木、草、土、川、山などの自然物を描くのがとても難しく感じる。
勿論、建造物も材質感や色の反射など表現するのは難しいのだけど、それは人間がいじれるものだから私が間違って変に加工してもスルーされそうだけど、自然物は間違っていると非常に違和感を感じてしまう。

登場人物は本人ではありません。

そういえば、家に辿り着く最後の道が急な登り坂で、友達が時々私の家に寄っていく時は登り慣れない友達が疲れてしまうので、自転車を降りてお喋りをしながら田んぼの横を歩いたなあと思いながら、何となくまた描いてみる…。
しかしまた、ピンクが強すぎて早春になってしまいました。

やっぱり冬の色は鉛色かな…。

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