喉をかき分けて出てきた幹は、これが私よと、高貴な声で話し出す

口から飛び出してきた苔だらけの幹は、ぐりぐりと喉や口内を傷つけながら私の外へ外へと延びていく。

私は、流暢に「本当の私はこれなの。ゆるして」と許しを請うその幹に、自分が本物では無かったことを知らされる。何年も前から胃の中でムズムズと成長を始めていたそれを私は見て見ぬふりして、もはやそんな芽があったことでさえ忘れてし待っていた今。ほんの一瞬、それは一時の動画、それはただ自分をさげすみ嘆き、酔いしれる女の動画だったのだけれど、それを目にした瞬間。その小さくや柔らかい芽が、成長し内蔵を壊しながら、私の、いいや、嘘ものの私の口から「本物」として現れ出た。

本物は言う。「本当の私は、創造的なの」

「私は、本当はゲームがしたい。激しく変化し移り変わるこの世の中で、ずっと64でダンジョンのなかをさまよい歩きたい。それは、激しいノスタルジーに修正された私の心を揺さぶる物語。小さな子供の純粋さにしがみつく哀れな大人の戯言だけれど、この言葉はきっと美しい。私は創造的な女なのだから。」

私は、彼女の言葉を聞き続ける。顎はこれ以上動かず、うめき声すらも挙げられない。このまま幹が成長し続ければ、私は破裂し、命を失うのだろうか。私がこの体を自由に動かせる「私」であった時にもう少し、幸せに過ごせばよかったとぼんやりと考えた。首筋には、口から垂れ落ちる生暖かい唾液が伝り、その皮膚はざわざわと感覚を呼びかける。けれど、私はそれをぬぐい自身を人らしくしようとする意味も見いだせず、このまま彼女の言葉を聞くことにした。

「本当は、才能に満ち溢れた人間なのよ。人とは違う特別なの。特別な人間は人と違う行動をしても許されるはずよ。そして私は特別な言葉を使うの。特別な人間には特別な言葉が必要だから。蝶はもうさなぎには戻れない。全ての生命は不可逆で、いつも死は私達のそばにいるわ。あなたが布団にしみこんで、何もできなくなる夜があるみたいに、私の頭にはいつも支柱が埋まってて、午後になるとその支柱を神さまがハンマーでたたくの。それもこれも全部私が望んだこと。それは私が特別であるために必要な行為だった。偽物のアナタでさえもすべて私が望んだ予定調和だから。」

私は彼女の言っている意味がよくわからなかった。彼女の特別な言葉の性なのか、私があまりに偽物だからなのか、私にはただ着飾り震える臆病な人間の言葉にしか聞こえなくなった。本物というのはなんなのだろう。私は、胃の中に小さな違和感を感じていた時から、この芽が素晴らしい自分のまだ見ぬ才能であると信じていたけれど、成長した彼女は、私もよく知っている自分が目を伏せていたただの自分だったように思えてきた。私は、そう思い首筋に垂れ落ち、服の襟にまで伝い落ちていた唾液をぬぐうと、急に彼女がふるえだしたことに気が付いた。彼女は私の考えを知ってしまったように「ごめんなさい」と何回か呟くと、幹がみるみるうちに小さくなり、しまいには元の胃の中に帰ってしまった。

私は、幹で傷つけられた口内の血の味を確かめながら、「本当の自分」の情けなく、愚かな姿を思い出した。本当を求めるというのはどのようなことなのだろう。追い求め、探し当てた先にそれがの望まない者であった時、我々はどのような顔をして彼女に出会えばいいのだろうか。私は自分に期待をすることを止められない。けれど、いつか足を止めた時、本物の私をまた成長させ「私はこれでいいや」と言える日が来ることを私は、ほんの少しだけ願っている。

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